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第二百二十四話 ただ捨て

 残り10秒の時間は、本当に短い時間だが、俺にとってはすさまじく長く感じる時間だった。

 時間の概念がゆがんでしまうことは、対局中にたまにあった。だが、ここまでがらりと変わってしまうことはなかった。たぶん、俺はもう一歩上の段階に進むことができたのだと思う。


 走馬灯のように、今までの思い出がよみがえってくる。

 入学後の部長と文人との出会い。あこがれの部長との研究相手としての、将棋に熱中した日々。去年の山田さんとの激戦と惨敗。Kana kanaさんとのネット対局。急に妹になったかな恵。葵ちゃんの入部。市民大会でのかな恵との激闘。ゴールデンウィーク中の練習試合。右玉の女王との対局と逆転。急成長した葵ちゃんとの一戦。さきほどの部長とかな恵の涙。文人の執念。葵ちゃんのすさまじい攻め。


 ()()()、ありがとう。


 俺は金を王の横に打ち込んだ。()()()()()()()()一手だ。


挿絵(By みてみん)


 ※


「なっ」

 文人君は驚愕の声をあげている。

 そうだろう。なかなかこの一手は気がつかない。

「うん、うん」

 あの葵ちゃんも想定していなかった手順のようだ。彼女は、驚いた顔をして手順を確認し始めた。


「金のただ捨て」

「なんで、ここで」

「まさか、詰んでるのか?」

「んな、バカな。全然わからねえ」

「うっかりか」

「秒読みで詰みまで見えていたら、神」


 みんな桂太くんを、それなりの強豪としか考えていないのだ。だから、そんな反応になる。


 たぶん、この会場で彼の本当の価値を理解しているのは、私だけ。

 桂太くん本人すら、理解できていないのだから仕方がない。


 彼と数千局以上一緒に研究していた私だけが知っている彼の本当の実力。

 私が彼にあこがれている理由。


 その正確無比な深い読みは、もう誰にも追いつけない段階まで高められていた。天才「源 葵」ですら、たどり着けない深い盤上の局面を彼はただひとり見ることができている。


 私は、山田君の顔を探した。彼は、奇妙な顔をしている。まだ、事の重大さを理解できていないようだ。


「あっ」

 葵ちゃんが盤面の結論にたどり着いたようだ。

 詰みという終局へ向かう結論を……


 ありがとう、桂太くん。彼はさきほど私を慰めながら、「部長のために勝ちます」と言ってくれた。彼は私のために勝ってくれる。それは、優勝という結果以上に私を喜ばせるものとなる。


 ありがとう、桂太くん……

 そして、


 ()()()



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