第二百二十三話 センス
よし、攻撃を切らせた。俺は、一気に攻撃に向かう。穴熊の戦いは、攻撃の手番を握る戦いだ。お互いに固く守り合うため、その主導権をどちらかがつかんで、片方が守り合うという形になりやすい。
ここで攻撃の順番を握らなくては、いつまでも守り続けなくてはいけない。
それで、勝てるほど、立川さんは甘くない。受け潰せるほどの実力差はない。だから、切り合いを望むのだ。狙うは、穴熊の最大の弱点である、「端」。盤の一番端から攻める「端攻め」という戦い方だ。俺が受け続けて、獲得した駒と守りながら作り出していた攻撃陣。これを使って、一気に攻め込むのだ。
後は一気に決めてしまう。
もう、立川さんには手番は回さない。
歩と桂馬、香車のコンビネーションを駆使して、穴熊は一気に吹き飛ばした。立川さんは持ち時間を使い切り、1手30秒の秒読みによる応手が続いている。
その完璧な守備は、未だに逆転の目を探し続けている。
だけど、俺は彼女の手はすでに読み終わっていた。
俺の時間ももうすぐ切れる。ここからは直感力の勝負だ。
※
チェスロックの秒読みが警報を鳴らす。お互いに、持ち時間ギリギリまで次の一手を読み、指し繋げていた。お互いに明確な悪手はなく、続く応手の中で、俺たちは同じ世界を見続けている。
攻守が逆転した盤面で、俺は一気に猛攻を仕掛ける。
立川さんは苦しそうな顔で、穴熊を維持しようとするが、俺の攻撃は彼女の穴熊を、崩壊させた。
彼女の顔はさらに悲痛な表情に変わった。だが、ここで情けをかけることはできない。
弱みを見せたら、俺がやられてしまう。だから、全力で叩くのだ。
「負ける……には……ない」
立川さんは小声で、何かをつぶやいている。
「負けるわけにはいかない。部活の伝統、無敗記録、責任。全部背負ってる。私は負けるわけにはいかない」
そう言って、立川さんは銀を盤上に打ちつけた。徹底抗戦、絶対に負けられないという気持ちがこもっている。
どうするこのまま攻め続けるか。それとも一度陣形を整備をするか?
桂馬で取って、攻めは続くのか。
もしかしたら、俺の玉に詰みがあるのかもしれない。
だが、引くわけにはいかない。
もう、賽は投げられているのだから。
俺のチェスロックが鳴った。残り10秒の合図だ。




