第二百二十二話 くずれない
どうして、崩れないの?
私は、20手以上続けた連続攻撃でも崩れない佐藤さんの陣地を見ながら毒を吐いた。
やっと、穴熊にわずかな崩れが生まれたが、攻撃を続けるのはかなり難しくなってきている。米山さんとぶつかった時の泥沼もかなりやっかいだったが、佐藤さんのこの粘りも別のベクトルでかなり難敵だ。
しかし、ここで緩めるわけにはいかない。攻撃を続けなくてはいけない。
私は自分の陣地の桂馬を前線まで送りだして、強引に攻撃を進めた。
ここで冷静になるべきだったのだ。攻めを急ぎ過ぎていると自覚できただろうから。私は冷静さを失っていた。
すでに、佐藤さんの陣形は固さを取り戻していたのだ。
ここで強引に攻めると、大きな被害をうけるという結果になる。
ここではじめて、佐藤さんが表情を緩めた。いままで防戦一方で苦しい顔をしていたはずなのに……
私は嫌な予感がして、盤面を見かえした。
そこには、ひとつだけ隙が生まれていた。
76手目「△1五歩」
これが佐藤さんが用意していた反撃の一手だった。
10手前の桂馬が上がった一手はこの前兆だったのか。攻防どちらの意味も同時に兼ねたその一手を私は軽視していた。
自分が有利だと思っていたから。
攻撃の手番を握り続けられると錯覚していたから。
冷静さを失ってしまったから……
今度は、私が一方的に守備に回る番だった。
持ち時間は、3分を切っていた……
※
「すげえええええ」
「なんだよ、あの守り方。ギリギリで守りながら、どんどん固くなっていくぞ」
「あれが、米山の弟子かよ。本当に師匠と同じような将棋だな」
「ああ、米山建設ならぬ、佐藤建設だ」
「みんな好き勝手言ってるわね」
部長が、ギャラリーの声を聞きながら、そう言った。
「でも、桂太先輩、すごいです。本当に部長みたいな指しまわしで……」
私はそう答えると部長は首を振った。
「違うわよ、葵ちゃん。桂太君のあの指しまわしは、私となんか比べちゃいけないのよ。どう考えても、私を上回るわ」
部長は寂しそうにそう言った。




