第二百二十一話 泥沼流
まだだ、まだ足りない。もっと深くもぐりこまなくてはいけない。
葵ちゃんの家で感じたあの感覚のように深く深く、そして早く。思考スピードを速めなくてはいけない。今回の勝負は時間制限だってある。早く正確な手を突き詰めなくてはいけない。そうしなければ、俺に手番は回ってこない。
あの時は、フラッシュした盤面図がいくつも浮かんでは消えて、正しい盤面が浮かんできた。
そのようにしなくては、この難敵は破れない。
現状では、先手が有利だ。だが、悲観しすぎてはいけない。おれは粘りの将棋で、あの泥沼の米山部長の弟子なんだから。
運のいいことに、俺の陣形は粘りが利きやすい穴熊の陣形だ。
ネット将棋のゲームじゃないけど……
俺が目指すべきものは、「泥沼流居飛車、穴熊」
俺では、部長とは違って小さな泥んこ遊びなのかもしれない。それでも、相手を躓かせることができたらいいのだ。
一度、攻撃を防いで、手番さえ握ってしまえば…… 強烈なカウンターを相手陣にぶち当てることができる。
だから、正確に駒をうちこんで粘るしかない。それが、泥沼流の穴熊の守り方だ。
俺はペタペタと駒を貼りつけて徹底抗戦の構えを示した。
※
「すごい正確な着手」
「ああ、まるで名人芸だ」
「穴熊って、粘り方ミスると一気に崩壊するのに、全然崩れる気配すら感じない」
「なんだよこれ」
ギャラリーがその光景に驚いている。
「桂太先輩、すごい」
私もギャラリーに同化してしまった。それほど、彼の受けは洗練されていて、完璧だった。穴熊攻撃がはじまってから、もう20手以上進んでいるのに、先輩の穴熊はいまだ健在だった。
なによりすごいのが、その正確な応手にかかる時間。
今までの20手は、1手10秒以内で正確な手を読めていた。早く正確なその一手は、逆に立川さんの持ち時間を奪い続けた。
「たぶん、相手の持ち時間で、正解にたどり着いているようね、桂太くん」
「桂太ってこんなに強かったっけ?」
「たぶん、思考がトップスピードに達したんだと思う。もう誰も彼には追い付けない。そんな簡単な域にいる状態じゃないから」




