第二百十九話 それぞれの思い
立川さんは、簡易的な穴熊で妥協して、攻撃に転じる姿勢を見せた。
予想通りだ。
簡易的な穴熊とはいえ、固さは普通の囲いよりも十分に強い。さらに、相手に主導権を握られる展開だ。プロの実力なら居飛車側が有利だろうが、同レベルなら振り飛車のほうが勝ちやすいんじゃないか。おれは少し不安が生まれていく。
しかし、ここは俺の得意な受けの局面だ。どんとこい。
強気にそう思うしかない。
ついに、歩同士が激突する。盤面全体で戦線が生まれていく。
猛攻が始まった。
立川さんの攻撃は、歩を中心におこなわれた。継ぎ歩、たれ歩、ダンスの歩。いくつもの手筋が融合し、攻撃力がどんどん増していく。この歩の手筋がうまいと連続攻撃が最小限の戦力でつなげることができる。まさに、お手本のような猛攻だ。
どうやっても陣形に穴が生まれ、対応しても対応しても小さな穴がどんどん発生していく。おれも、なんとかカウンターの足掛かりは作っているのだが、まだ手番は回ってこない。
強い。
素直にそう思った。
たゆまない攻撃をつなげていく技術。まるで、葵ちゃんの将棋をみているようだ。
※
よし、今日は絶好調だ。佐藤さんの陣形は、どんどん水漏れをおこして弱体化していく。攻撃の手番も私が持っているので、どう考えても私が有利。これがあこがれのひとの分身だと考えると、私はかなり成長している。
そして、確信した。私の実力は、彼女らに届きうるということに。
今日のこの日まで、ずっと将棋を勉強してきた。目標とするひとに追いつくため。
彼女とは中学の時の大会で出会った。関東大会。その圧倒的な指しまわし、人間的な棋譜に私は魅了された。
いつかは彼女に公式戦で勝ちたい。だから、越境入学までして、この学校にははいったのだ。
通学中の時間はずっと詰将棋に没頭し、家に帰ったら棋譜並べ。
ストイックな訓練を続けた。
目の前の彼を倒したら、次はいよいよ彼女だ。
米山香。
わたしはずっと夢見てきた人の名前を心の中で叫んだ。
※
「にいさん……」
私は、みんなと離れて、ひとりで対局の様子を見ていた。
状況は少しずつ悪くなっている。自分が負けた時の将棋を思い出す。
あのトラウマからまだ抜け出せていない。
こんなうじうじした状態をみんなに見せたら悪影響になってしまう。
だから、ひとりでここにいる。
助けてくれる王子様なんて存在しない。




