第二百十七話 相穴熊
オーソドックスな駒組になっていく。
もはや、地球上で何億回以上、指されている形。
この普通の形は、江戸時代から現代まで、少しずつ形を変えて作り出されていった将棋の歴史を、またこの決勝の場で作り出すと言うのはなんとなく面白い。
新時代の幕開けか。伝説の延長か。
その結果をこのクラシカルな盤面が決定する。
粋な感じがする。
だが、このままいくと、おれの優勢の変化になる。
ノーマル四間飛車には、居飛車穴熊。
そう言われるくらい四間飛車は、居飛車穴熊に弱い。
部長の場合は、あえて組ませて攻撃を受けまくって逆転する戦法を取るが、ふつうはあんな指しまわしはできない。あれは、特異能力をもった部長だからこそできる戦い方だ。
ちなみに、部長は去年の個人戦は、6戦中4戦は、居飛車穴熊とぶつかり、全勝していた。普通はあり得ない勝率だ。
大名人が、居飛車穴熊を採用した時は、同じトッププロ相手に勝率が8割あったというデータもあるのに……
さすがに、立川さんがどんなに強くても、部長のようなことはできないはずだ。だったら、どうやって対応してくるのか。現状の盤面では、居飛車穴熊対策の「藤井システム」や「角交換四間飛車」も採用することはできない。どこかで、変化をつけて対応してくるはず。
さあ、どうする?
俺は、香車を一つ進めて、穴熊を明示した。
このまま、立川さんが何もしなければおれは理想的な陣形を作りだせる。
この陣形が完成してしまったら、俺が圧倒的に有利となるので、そうして欲しいのだが……
もちろん、相手は県内の強豪だ。そんなことはない。
しかし、それは予想外の一手だった。
彼女も玉側の香車を上にあげた。
振り飛車穴熊だ。
定跡的には、居飛車の穴熊のほうが有利とされており、専門家以外はなかなか使わない戦法。
それが振り飛車穴熊。
そして、お互いに穴熊に潜った状態を、相穴熊と呼ぶ。
この陣形が完成した場合のお互いの主張は……
「殴り合おうぜ」ということだ。
立川さんは、おしとやかに見えたがやはり将棋指し。
死闘となりそうだ。




