第二百十三話 到達
「なんちゅう終盤力だ」
「県ベスト4の甘枝に続いて、中学王者の山瀬まで倒したぞ。なんだ、あの女の子」
「強すぎる、怪物だ」
「お互いに玉損の攻め寸前だったのに、いつから読み切っていたんだ」
「あれは、本物だ」
「どうして、あんなモンスターが今まで無名だったんだよ」
ギャラリーがざわついている。そりゃあ、そうだろう。大劣勢の将棋を、一気にひっくり返してしまったのだから。
それもあの完璧な終盤だ。
ざわつかないほうが無理である。
私も、文人君の熱意ある将棋とは違った感動をおぼえてしまった。
美しすぎる攻めの感性。まさに天性の才能だ。
そして、その才能はおそろしさすらも感じてしまう。
圧倒的すぎるのだ。おそらく、彼女の実力は、私や山田くんとほぼ同等。わずか、2カ月でその領域に達してしまった。
プロ棋士で元タイトルホルダーですら、半年はかかったと言われているアマチュア3段から4段の領域に……
彼女はいとも簡単に達してしまったのだ。
その終盤力を武器にして、彼女は戦えば戦うほど強力になっていく。私が、彼女と戦うのはうまくいって明日の個人戦準決勝。その間に彼女はさらに強くなる。私ははたして彼女に勝つことはできるのだろうか。
そして、葵ちゃんも桂太くんのことがきっと……
これを考えるのはやめよう。今は、葵ちゃんを優しく出迎えて、桂太くんを送り出す理解ある部長にならなくちゃだめなんだ。
どんなに苦しくても忘れてはいけない。
それが私に求められている立場なのだから。
「それじゃあ、部長。行ってきます」
「うん、いってらっしゃい、桂太くん」
「はい、がんばってきます」
「あっ、桂太くん、忘れ物」
そう言って私は唇を差し出した。狙うはいってらっしゃいの……
ポフっと頭に手が乗った。
「もう、部長。わるふざけはやめてくださいよ。たしかに、緊張感は和らぎましたけど……」
「ちぇー、○○のキスよ。帰ってきたら続きをしましょうって言いたかったのに」
「どうして、急にエヴ〇ネタ?」
「それか、桂ちゃん。香を甲子園に……」
「どちらも微妙にネタが古いですよ」
そう言って、彼は戦場へと向かっていく。
いってらっしゃい。私はその背中を見送った。
「結構、ほんきだったんだけどな……」
そう本音をつぶやきながら。




