第二百十二話 華麗
私の無理攻めのような攻撃は、敵の防波堤に小さな穴をあけ続けた。その穴に向けて細かい攻撃をつなげていく。これが失敗したら、普通に私の負けだ。もう、これを押し切るしかない。
持ち時間を使い切り、秒読みに入った。チェスロックの音が私に緊張感を生む。その緊張感が、さらに集中力を生んでいく。
私は笑った。そうすると同時に山瀬さんも笑ったのだ。私たちは同じ目線に立っている。
いや、私がその立場にたつことができたのだ。そして、私は彼女を超えていく。
思考のスピードは、局面を何通りにも分岐して、増え続ける枝分かれのなかで、ひとつの真理を見つけていく。それが最善手の応手となって、棋譜を紡いでいく。
(△7三歩▲同歩成△同銀)
ダメだ、この手順では差は詰められない。
まだ、深く。もっと、深く盤上に潜らなくてはいけない。
そうしなければ、たどり着けないのだ。
(▲同銀△同歩▲同馬△7三歩▲同歩成△同銀▲同馬△同玉▲7七飛△7四角▲8五銀△7五歩▲7四銀△同馬▲6六桂△6五馬▲7四銀△同馬▲同桂△7一金▲4六角△6四歩▲6五歩△6三銀▲7五飛△4九飛▲6四歩△7四銀▲8五角△4六飛成▲7四飛△8二玉▲7一飛成△同金▲5二角成△5六角▲6二銀△7五飛▲7一銀△同飛▲7九金△7八角成▲6三歩成△8八馬▲同金)
これだ。この手順しかない。
いくつもの無数の手順が頭に浮かびは消えていく。秒読みの最中、最後に残った手順はこれだった。
そして、歓喜の瞬間は到来した。
「負けました」
私は中学王者も軍門に降した。最後は一手差の切りあいとなってのせめぎ合い。私は彼女の一瞬のスキをついて、果敢に切り込んだ。彼女は、私のその切りあいを確認してもなお、自分も突撃する。
いくつもの思考という私たちが作り出した刃の先にあったのは、後手玉の詰みだった。
「ありがとうございました」
私は、山瀬さんに心から挨拶する。彼女のおかげで、私は大事なことに気がつくことができたのだから。
彼女の表情からは悔しさと満足感が同居していた。たぶん、私も同じだろう。
「勝てたよ。けいたせんぱい、ふみとせんぱい、ぶちょう、かなえちゃん」
私は、天井を見上げて、そうつぶやいた。
あとは、私の憧れの人がなんとかしてくれるはずだ……




