第二百十話 自覚
「自陣飛車に自陣馬? すさまじい粘りようね。でも、このまま手番を渡さないようにすればいいだけ。このまま押し切って見せるわ」
「……」
まさに彼女の言うとおりだった。このままずるずると行けば、勝てなくなるのは私。彼女の攻撃力を見てしまえば、このままいってしまえば私は何もできないのがよくわかる。
これが幼少期から将棋を指してきたひとの歴史の重み。重厚でぶれることのない幹がしっかりした将棋だ。
私にないものばかり持っている彼女のことがうらやましくなる。どこかに私しかもっていないものはないのか。自分の将棋と向き合う。向き合わなくてはいけない。
彼女になくて、私にあるもの。
それは一体なんだろうか?
目を閉じて考える。
持ち時間はもうすぐなくなってしまう。
だが、ここで時間を使うしかない。
瞼の中に出てくるのは、桂太先輩のことだった。
はじめて、教えてもらった将棋。優しく教えてもらって将棋が好きになった。
教えてもらった初めての戦法。棒銀と中飛車だった。
はじめて出た大会。先輩に教えてもらった戦法で、奇跡的に決勝進出。あれは、先輩のおかげ……
夏休みの合宿と練習試合。間違えてウィスキーボンボンを食べてしまった夜。みんなと一緒に桂太先輩と遊んだあの夜。楽しかったこの2カ月の日々の大事な思い出。
そして、はじめて私の家に来てくれた時のこと。嬉しすぎてよくおぼえていない。
今までの楽しい思い出を振り返る。
そして、気がついた。
私は桂太先輩が好きなのだ。部長やかな恵ちゃんの、ように……
「ふふ、思い知った? 私とあなたでは、将棋にかけているものが違うわ。この差が、今の盤上の差よ」
好き勝手言ってくれる。
「たしかに、私は将棋歴も浅いし、あなたに経験や実績は及ばない。でも……」
「あなた以上に、背負っているものが、私にもある」
私は、飛車を使って強引に相手陣地に切り込んだ。まだ、詰みは見えていない。
でも、もうみんなと一緒だ。そして、自分の気持ちにも正直になった。
もう、なにも怖くない。
たぶん、これは初恋だ。
だから、強引にでも活路を作ってみせる。
そうしなければ、桂太先輩は奪えない。




