第二百八話 焦土
この陣形は、穴熊に組む前に、山瀬さんが速攻をしかけることを明示している。
一歩間違えれば、私の陣形はズタズタにされてしまい敗勢となる。ここは、ひたすら我慢の時だ。少しずつ、隙を見つけて陣形を整えるしかない。
しかし、完璧にやったとしても、歩が何枚も損するのは確実だ。
さすがは、県の中学王者。
私より経験値が多いことを生かして、差をつける圧倒的な大局観だ。
かなり先までのイメージを作り出しているのがわかる指しまわし。
じゃあ、私はどうしたらいい?
経験値・定跡の知識では、完全に負けている。
「なら、読むしかない」
私は時間を使いつつ、局面を必死に読んでいく。
大差をつけられないように。なんとか、終盤まで勝負できる形に持っていくしかない。
この巨人の後を必死についていく。
それしかないのだ。
「腹が決まったようね? なら、おもしろくなりそう。簡単に潰れないでね。源、さん?」
彼女はおもちゃを壊してもいいと聞いた子供のように無垢で邪悪な顔になっていく。
私は、おもちゃなんかじゃない。
細心の注意を払いながら、私は穴熊を完成させるべく、手を進めていく。
こうするしか、考えが思い浮かばなかった。
飛車と連動して、角と銀のコンビネーションで歩がやられる。
飛車にやられた歩も合わせて、もう2枚も損している。
このままだとズルズルいってしまう。
負けたくない。負けるわけにはいかない。
※
「まずいわね」
「はい」
おれと部長は、葵ちゃんの将棋を見ながら悩み続けた。
この定跡は、プロがよく使っている「中飛車左穴熊」対策の形の一種だ。
数年前から登場している形で、まだあまり定跡は整備されていない形。
それをここまで完璧に指しこなすということは、それほどまで彼女は完璧に研究していることを意味する。中学王者、そして、名門高校に1年生ながらレギュラーを取った逸材。
そのポテンシャルは、山田さんや部長と同等だと考えなくてはいけないだろう。
葵ちゃんも同じくらい才能は有るけど……
経験値の差はそう簡単には埋められない。
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用語解説
大局観……
細かい手順ではなく、将棋の大きな流れを読む能力。
指せば指すほど、その実力は磨かれていく。
プロは年をとれば、手順を読む能力が衰えるので、経験値で培った大局観で勝負しているとよく本に書かれている。




