第二百四話 流れ
「文人が、勝てた」
おれたちは、控え席で激戦の様子を見ていた。
終盤に文人の妙手で一気に有利になった後、激しい撃ちあいを制して、優勢勝ち。
いつもの文人とはかけ離れた力強い将棋だった。
その様子はまさに鬼気迫る勢いで、この決勝にかける意気込みを感じられた。
おれは素直にその様子に感動していた。
どちらが格上だかわからない将棋だ。まさに横綱相撲で、落ち着いた内容でジャイアントキリングを起こしてしまった。
会場も信じられない将棋を見たと驚愕の顔をしている。
これは、橋田さんが悪かったというわけではなくて、文人の将棋が良すぎたんだ。
「すごかった、ね」
部長も少しだけ涙ぐんでいる。
その涙は、さきほどまでの悔し涙ではなくて、感動の象徴である涙で……
「はい、すごかったです」
「これで、希望がつながったね」
「はい、文人先輩のおかげです」
葵ちゃんも、少しだけ涙ぐみながら笑った。
「あとは頼んだわよ。ふたりとも……」
「はい」
「わかりました」
「じゃあ、私はそろそろ行ってきます」
葵ちゃんは、そう言って席を立つ。
彼女はこの大会でさらに成長している。もはや、その実力は頂点にまで限りなく近い地点にいるはずだ。
最強クラスの終盤力をもった怪物。
俺たちは、頼もしい後輩を見送る。
※
「申し訳ない。山田。負けた」
言い訳はしなかった。将棋は言い訳ができない競技だ。言い訳するにしても、「油断した」「ミスをした」「知らいない局面に導かれた」とかいうのが正解だが、すべてが自分の勉強不足や努力不足を認める発言にしかすぎない。俺は、言い訳をしない。それを言ってしまえば、完全に敗者だ。これ以上、情けないことは言えない。
「あれは向こうが良かった。だから、しかたないよ。それに、まだこっちがリードだ。あと一回勝てばおわりだよ」
山田はまだまだ余裕の笑みだ。ここで最強の山田が動揺したら、後続にまで悪い影響が出る。それを見越しての態度だろう。
「あとは、頼むよ。山瀬?」
「はい、いくら相手はすさまじい天才とは言っても、所詮はルーキー。高校の恐ろしさ、教えてきますよ」
去年の中学王者は自信満々にそう宣言する。
「「いや、お前も高校1年生じゃん」」
俺たちは冷静にそう突っ込んだ。
「うるさいですよ。先輩。ひとが気持ちよく強キャラぶってるんだから邪魔しないでください」
そういってギャーギャー騒ぐ山瀬。
その様子は、完全に咬ませ犬のそれだった。




