第二百話 攻める
俺は橋田陣に猛烈な攻撃を加えた。
定跡の通り一気に端を攻め立てた。
端の歩を突き刺して、銀を捨てた。相手の香車を前に誘導するためだ。
攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める、攻める。
香車と銀の交換が成立した。これで俺の狙いは完遂された。
一気に相手の王に迫るのだ。
しかし、このタイミングは、一番危険な時間だ。なぜなら、このタイミングはおれの攻撃陣が前のめりになりすぎている。つまり、相手のカウンターチャンスだ。もちろん、橋田さんくらいの相手がそれを逃すわけがない。カウンターの手順を正確に再現してきた。だが、ここまではおれも研究手順だ。
勉強した手順通りに正確に受けていく。さあ、これで優勢だ。
しかし、ここにはひとつだけ大きな落とし穴が待ち受けていたのだ。
俺が研究の時に、あまりに危険すぎるため、誰も採用してこないだろうと研究を打ち切っていた手がそこにはあった。
そして、橋田さんは躊躇なくその手順を選んだのだ。
さすがは「中盤の橋田」
自分の構想力に絶対の自信があるからこそ選べる手順だった。この手順が採用されたということは一時的に攻められて、その攻めがつながれば橋田さんの勝ち。カウンターが決まれば、俺の勝ちとなる。どちらにしろ短い手数の将棋になりそうだ。
俺たちの命運はこの狭い盤上にすべてをかけられている。俺が勝たなくちゃ、団体戦でみんなと一緒に指せるのはこれが最後となる。
将棋の神様がいるなら、どうか俺の願いをかなえてくれ。
ここで終わってしまってもいい。だから、どうか奇跡を起こさせてくれ。
もしかすると大袈裟なことだと思うかもしれない。
でも、俺にとってはかけがえのない時間だったんだ。
部長や桂太たちと過ごすこの時間が。才能がないということを何度味わったかわからない。それですら、かけがえのない時間になっている。思い出になっている。この大会が終わったら部長は部活を引退だ。だから、もうあの時間には戻れなくなる。部長なら個人戦で全国出場はできるだろう。でも、そうすると自分の将棋に集中しなくてはいけない。一緒に戦えるのは、この団体戦に負けてしまったらこれが最後になってしまう。
それに部長は負けて泣いていた。彼女にそんな重荷を背負わせて引退させてしまっていいのか。
そんなのは嫌だ。
だから、勝って葵ちゃんと桂太につなげる。
相手は俺なんかよりも才能も実力も結果も出しているひとだ。
だけど、負けたくない。
いや、勝たなくちゃいけないんだ。




