第百九十九話 角換わり棒銀
戦型は、角換わりの中でも攻撃力が高い棒銀を採用した。この戦法は、狙いは単純なのだが、それを防ぐことが難しい戦術だ。角換わりの主流戦法の腰掛銀にも比較的に強く、主導権を握りやすい。よって、格上の相手には、この戦法が一番いいのではないかというのが俺の中の結論だった。
この戦法は、角換わりになればほとんど避けることはできないので、研究勝負になりやすい。一番の狙いは、銀と香車のコンビネーションで敵の端を食い破ってしまうこと。そこから相手の反撃をしのいで、一気に寄せていく。できる限り短期決戦で、相手に手番を渡さない。キレのある攻撃が必要だ。
俺はこの戦法にかけていた。短い期間・限られた研究時間の中で最も勉強しやすい戦法に時間を集中させた。それが、さきほどの準決勝で使った角換わりの桂馬による速攻とこの角換わり棒銀だった。
「ふーん、棒銀か。キミは角換わりの専門家だと思っていたから、腰掛銀で来ると思っていたのに、なんか拍子抜けだな」
橋田さんは、つまらなさそうに駒を進める。
「俺の棋譜並べてたんですか?」
「そりゃあね。キミの高校は優勝候補だったし、キミの去年の個人戦・団体戦くらいの棋譜はちゃんと並べているさ」
俺みたいな無名な男の棋譜まで……
もしかしたら、油断があるんじゃないかと期待していたのに。
橋田さん、言動はあれだけど、将棋にかける熱意はやっぱりすごかった。さすがは長く県のトップクラスにいる人間だ。
おれたちは、定跡の通りに駒を進めた。お互いに正統派な将棋だ。だが、このままいくと先手有利の定跡。どこかで変化させなくてはいけないはずだ。どこだ。どこで変化する?
しかし、変化は訪れなかった。
ならば、このまま食い破る。
俺は苛烈な端攻めを加えた。
この定跡は本当に激しい変化だ。
本来なら損である俺の銀を相手の香車と交換するのだ。
駒の価値なら損だが、端のポジションを一気に食い破れるので、先手はそれを主張点として、一気に攻撃をしかけるのだ。
ここからは立ち止まってはいけない。
------------
用語解説
角換わり棒銀……
お互いに角を交換した後、棒銀をおこなう戦法。
駒損しつつも端を強引に食い破ることを目的とする。
角換わり主要戦法の関係では、腰掛銀に強く、早繰り銀に弱い。
激しい攻防になりやすく、歴史に残る名局をいくつも作り出した由緒正しい戦法。
ただ、対策が確立されているので、プロ間の将棋では減少傾向。
アマチュアでは大人気。
次回は明日の21時頃です




