第百九十八話 角換わり
先手は、おれだ。
相居飛車の戦いは、たいていの場合は先手が主導権を握る。
後手は守勢に回って、どこかで反撃するのが定跡である。
特に角換わりは、定跡化が一番進んだ戦法の一つで、コンピュータが登場してからさらに研究が進んでいる。変化によっては、木村定跡という先手必勝定跡もあるくらいだ。知らなければ、即敗北になる危険な手順が多い魅惑の定跡。
それが、俺の主力戦法「角換わり」だ。
この戦法の良さは、相手が居飛車党なら高確率で誘導できること。
角をかなり序盤で交換してしまうので、研究手順に誘導しやすいこと。
どうして、研究手順に誘導しやすいのかと言えば、オリジナリティある駒組をしてしまうと、すぐに陣形に隙が生まれてしまって、相手の角の打ち込みを誘発しやすいのだ。
だから、どうしても手が制限されてしまう。
逆に、俺はその特徴があるから、この戦法の使い手なのだ。
俺は自分が弱者だという認識がある。だから、この戦法を誰よりも研究して、できる限りリードを奪うんだ。そうしなくては、俺の生きる道はない。
先生から借りた本で古い定跡も学ぶことができた。
他のひとが考える力戦ですら、もう研究手順になっている。
苦手な力戦をどうしようか。それがおれの課題だった。
俺はどちらかと言えば、優等生型のひ弱な将棋だ。
桂太やかな恵ちゃんのように力戦どんとこいの骨太な将棋とは棋風がまるで違う。
定跡からはずれたらどうしようか。それにビクビクしながら、将棋をしていた。
でも、もうそんなつまらないことにビクビクするのはやめにした。
力戦が定跡外なら、それを無理やり定跡内にしてしまえばいいのだ。
俺はそれを高柳先生から教わった。
あの日以来、俺は将棋ソフトを使って、定跡から外れるタイミングの研究を始めた。
そして、力戦になった瞬間、いくつもの手順を一緒にソフトと研究して、それを定跡化させた。
膨大な手順であったが、積み重ねてきた努力が俺に自信を与えてくれる。
俺は、才能がみんなよりも無いから。
その無いものは、努力で埋めなくてはいけないのだ。
将棋の努力はすべて盤上に現れる。
今回は、その努力を結果に変えなくてはいけない。
さっきの準決勝で、すべてわかった。
俺の努力は、絶対に実を結んでくれる。
そして、努力の種子は、もう芽吹いている。
さあ、どこからでも来やがれ。
県3位。




