第百九十六話 投了
私は無残な姿になってしまった自陣を見ながら、それでも投了しなかった。
「なあ、もう逆転の可能性ないだろう?」
「うん、もう無理だよ。入玉は成功したし、後手に打開の手段はないね」
「じゃあ、なんであの子は投了しないんだろうな」
「もう、引き返せないんじゃね」
「そうかもな」
外野もざわついてきた。
みんな、みんなうるさい。
今回は、もうみっともなく負けが確定するまで指し続けるって決めたのだから。
これをすれば何か変われるのかもしれない。
北沢さんには、迷惑かもしれないけど、どうしても指し続けたかった。
もう負けが確定する盤面だ。
私は処刑台にのぼっていく。決勝の舞台の13階段は、とても短く感じた。
頭金。
王の上に相手の金が置かれる。もう逃げ場所はなくなった。
できることはひとつしかないのだ。
「まけ、ましたぁ」
私は、感情を爆発させながら、敗北を宣言した。
これで、すべてが終わった。
「ありがとうございました」
北沢さんは、安心したように挨拶を返してくれた。
私は負けたんだ。
完膚なき醜い敗北を……
短い感想戦を終えて、私は控え席に戻るのだった。
感想戦で何を話したかは、もう覚えていない。
冷たい廊下で、私はひとりになってつぶやいた。
「勝てばいいんだよね、勝てば……」
鏡でみたわたしの目は、冷たく濁っていた。
※
「うわ~千城高校。2連勝か~やっぱり強すぎるな」
「だよな。米山も負けたし、もう相手はムリゲーだよな」
「そうそう、次の対戦相手だって、橋田だしな。前回の県3位じゃん。対するは、丸内文人なんて、誰だって感じだろう?」
「ああ、まったくの無名だよな。せめて、県ベスト8の佐藤とか、あのすごい1年生女子だったらまだ可能性あったのにな」
「うんうん。明らかにムリゲー臭がする」
やっぱりか。
おれは、自販機で買ったお茶を飲み干した。ヤケのみだ。
だって、そうだろう?
俺は、あまりに無名すぎて、陰口の当事者たちだって気がついていないのだから。
屈辱的な扱いだ。まるで、モブキャラだろう?
でも、俺はHEROにならなくちゃいけないんだよ。
だって、ここで負けたら大会が終わっちまう。
最高の舞台が用意されたと考えるしかないじゃないか。
大丈夫、あの「プロ殺し」に教わった将棋を思いだせ。どんなに醜くて、情けない将棋だって、勝ってやる。
さあ、対局場に向かおう。もうすぐ、決勝戦第三局だ。
これを最終局にはさせるわけにはいかない。




