第百九十四話 動き出す天空城
どうすればいい?
あの堅陣をどうやれば、ぶち抜けるのか? 私は、長考に沈んだ。
もう残り時間も相手と比較して、不利になってきている。こうなったらやってみるしかない。
無理攻めかもしれないけど、相手が間違えてくれるかもしれない。
淡い期待だけで、私は特攻した。
※
私たちは、いつも山田先輩に劣等感を持ってきた。
それもそのはずだ。彼は圧倒的な存在だったのだから。
練習対局をしても、すべて敗北。圧倒的な実力差を痛感させられる。
一応、私だってこの千城高校でレギュラーを獲得できたくらいの実力はあるはずなのに。
山田先輩との対局はいつもボロボロだった。
クラスメイトの男子は私に冗談でこう言った。
「いいよな。北沢は…… 山田先輩がいるから、全国大会出場確実だろう?」
その無自覚な悪意は私を深く傷つけるのだ。
まるで、私は彼というメインディッシュの付け合わせにしかすぎないのだということを自覚してしまうから。
先輩の将棋を真似て、見たこともあった。でも、結果は散々な結果だった。
「あれじゃあ、山田の下位互換だよな」
そんな陰口が聞こえてくる時もあった。
私はいつも悩んでいた。将棋が嫌いになりかけていたこともあった。
そんな私を救ってくれたのも、山田先輩だった。
「なんだ、北沢悩んでるの? そういう時は、自分が最初に覚えた戦法に戻ってみるといいよ。その戦法が、自分の核となっていることが多いからね」
彼は、いつものように優しい笑顔で、私にそう言った。
私が最初に覚えた戦法は「鬼殺し」だった……
将棋の奇襲戦法の王道でもあるこの戦法は、なかなか実戦で試すのは憚られた。
「実は、鬼殺しなんですけど……」
「ああ、そうなんだ。たしかにうるさく言ってくる人いるよね。じゃあ、俺が受けてあげるよ」
彼はきどらない口調でそう話す。
胸がドキドキした。
結果は惨敗だったけど、いつもよりは将棋を楽しめた。
「いつもよりいいじゃない。これが、北沢の本当の将棋なんだね」
彼は笑っていた。
私はこの瞬間に、何かに目覚めたのだった。
それ以降、私は奇襲戦法の使い手として、変態将棋街道をばく進している。だって、これが私の将棋だから。
さあ、作り上げたこの天空城。
この特徴をうまく使って前に進もう。
そして、この大会が終わったら……
私は、山田先輩に……
本当の気持ちを伝えたい。
私は全力で、城ごと敵陣への中央突破を図る。それはまるで、関ヶ原の戦いで、決死の覚悟で中央突破を狙った島津軍のような勢いだった。




