第百九十話 関係②
部長は会場のどこにもいなかった。まさか、あの部長が……
そんなにショックを受けているなんて。
おれの中では、部長はいつだって笑っていて、強くて、たくましくて、凛々しくて、自信満々で……
いつだってヒーローで、頼れる先輩だったのに。
もしかしたら、部長は無理をしていたのかもしれない。
おれたちが作っている理想像を壊さないために、必死に努力して……
ずっと重荷になってしまっていたのではないか。おれの心で不安が広がった。
部長の性格だ。みんなに弱っているところを見せたくないと思うだろう。ならば、会場じゃなくて、外に居るのではないか? おれはそう推測して、会場の出入り口に向かった。
まだ、決勝戦の途中だ。そこは閑散としていて、ほとんど人がいなかった。ただひとり、ベンチでうづくまっている女の子しかいなかった。そう、ひとりの女の子しかいなかった。その子はひとりで震えながら、いつもは見せないほど弱っていた。
「部長っ」
おれはここで「部長」と呼んだことを後悔した。
ここでは、肩書としての彼女じゃなくて、大切なひととして「名前」で呼ぶべきだった。
おれが部長と呼んだら、彼女は部長として振る舞わなくてはいけなくなる。大悪手だ。
部長は顔を上げてくれた。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。ここにいたのは、本当に大事な試合で負けて悔しがっている女の子だった。
「け、い、た、くん?」
彼女は弱り切った声で俺の名前を呼んだ。
「泣いているんですか?」
見ればわかることを俺は尋ねてしまった。俺も動揺している。
「大丈夫ですよ。部長ががんばったのはみんなわかっていますから」
なんの慰めにもなっていないことは、鈍感な俺でも分かっていた。でも、これ以外に何を言えばいいのかわからかった。
「だから、大丈夫です」
そんなに落ち込まないで欲しい。元気を出してほしい。いつもの部長の笑顔を見せて欲しい。
もっと俺たちに弱さを見せて欲しい。頼って欲しい。そんな色んな意味を込めた短い言葉だ。たぶん、彼女には伝わっていないだろう。俺も伝える方法がわからない。少しでも言葉にできない感情を伝えるために、頭を撫でた。
部長は、俺に抱きついて感情を爆発させた。
「悔しいよ。ごめんね。勝ちたかったよ。悔しいよ。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね」
ごめんねと必死に謝る彼女を見て、俺は一緒に泣いた。そして、この試合は絶対に勝たなくちゃいけないんだと決意した。
もうすぐ、第二局がはじまる。




