第百八十六話 猛攻
陣形が整うと、山田くんは頭をくねくねと動かして長考をはじめる。自分の頭の中で、攻撃の手順を組み立てているのだろう。彼の軽快な攻撃がどの手順で飛んでくるのか。
私も一緒になって考え始める。こういう時の私と彼の思考はいつも噛み合ってしまう。
たぶん、歩からはじめて、歩を叩きこむ連続攻撃。わたしの銀がかわそうとしたところで、桂馬が跳ねて、陣形を崩す作戦。でも、この手順は、私が駒得する。お互いに主張をもたせる作戦、か。
彼は、私の強固な陣形を崩して次の攻撃につなげることを目標にして、私は駒得をしつつ相手の攻撃をしのいで、カウンターを狙っていく。
どこかで相手の攻撃を途切れさせなくてはいけなくなる。
つまり、泥沼を作り出すのだ。彼をも飲みこむ深く暗い泥沼を……
※
やはり、予想通りの手順となった。
彼は軽快なフットワークで、連続攻撃をしかけてくる。
私は、考えておいた手順を披露し、カウンターを狙う。
閉じておいた角道を開いて、角交換を狙う。
ここからは、ノーガードの殴り合いだ。
角をお互いに手持ちにして、相手陣地に打ちこんだ。
これで飛車取り。
前のめりになっていた相手陣地に強烈なカウンターになる。これで私が有利なはず。相手は飛車を逃げ出さなくてはいけないのだ。
しかし、彼は優しい顔をして、激しいパンチの応酬をしかけてくるのだった。
彼の将棋は、絶妙手が飛び出てくるのではなく、少しずつじわじわと良くなってくる指し方なのだ。だから、具体的にどこが有力手なのかわからない。いつの間にか相手がよくなっている。そして、この将棋もいつものそれだった。
上からの攻撃、端からの攻撃、横からの崩し……
複雑に絡み合った攻撃が、私の陣地に押し寄せる。ミスをしたら一貫の終わり。
みんなの顔がちらついた。
焦るな、焦るな、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな、、焦るな。
必死自分にそういい聞かせた。
桂太くんとの将棋を思いだす。あれは、いつの将棋だっただろうか?
珍しく駒落ちの将棋をしていた。たしか、角落ち。
桂太君は一気に勝負を決めてこようと勝負に出てきて、私はそれを受け潰した。
最も安全な場所に王を動かすことによって……
今回もそうだ。
あの時と同じ状況を最初から狙っているんだ。
山田くんですら捕まえることができない最強の防衛手段。
それは……
入玉だ。
私は、それに向けて準備をはじめた。盤面は最終盤に突入する。




