第百八十四話 トップスピード
今回は、山田くんが完全に主導権を握られてしまった。まあ、先手で四間飛車一本でやっていたら、こんな対策はいつもされている。それが彼の目的なのでしかたがないことだ。彼まではと言わないけど、この展開だっていつものことなのだ。
彼はオールラウンドプレーヤーだけど、私はスペシャリストだ。
だから、この戦法には意地がある。
しょせん、オールラウンダーはファミレスだ。ファミレスは美味しいけど、うなぎ屋のうなぎがファミレスなんかには負けるわけがいかない。私は、飛車先の歩を伸ばした。一気に切り合いを挑む所存だ。
相振り飛車の際は、一方的に受けに回ってはいけないのだ。
なぜなら、ギリギリの終盤になりやすく、一手差の勝負になりやすいから。
一方的に守備に回ってしまえば、ワンサイドゲームになりやすい戦い方なのだ。
だから、主導権を握らせつつも、こちらも攻撃の姿勢を作っていかなくてはいけなくなる。
私は一気に切り合いにもっていくことにした。ここからは先は、一瞬のミスも猶予も許されない。思考のギアをトップスピードに変えて、終局まで、走り抜ける。ここが思考の時速300キロのセカイだ。
すべては一瞬にして通り過ぎて、意識すらも無に変えてしまう。
この流れがとても難しい。でも、やるしかない。ここで躊躇したら、もう敗北しか見えなくなるから。
負けるわけにいかない。
私の陣形のほうが攻撃力は高いけど、山田くんのほうが素早く攻撃を繋げやすい形だ。
私が一撃必殺の攻撃を繰り出すために、ひたすら受けに回って隙を見つけようとして、山田くんが身軽さをウリにすき間なく連続攻撃で私をKOさせようとする展開になるはずだ。
さあ、どうする。山田くん。あなたの得意な展開でしょ?
私は目でそう語って彼の攻撃を誘った。
彼はいつものように無言で笑っていた。
彼も一気にトップスピードに到達しようとしていた。
※
「桂太先輩? 部長はどうですか?」
葵ちゃんがおれの横に座って心配そうな顔をする。
「う~ん、山田さんが有利だと思うな。そこまで差はないけど、やっぱり攻撃を続けやすいしね」
「そうなんですか…… でも、これって部長が得意な流れですよね?」
「うん、そうだけど。あのふたりは小学生時代から続くライバル関係だしね。お互いのことはよくわかっているから、ちょっと怖いな」
「えっ」
「さすがに県1位は、伊達じゃないよ」
おれは去年の大会のトラウマを思いだしながら、そうぼやいた。




