第百八十三話 変わるもの・変わらないもの
山田くんとの初めての出会いは、たぶん小学生の時だ。もう10年も前のこと。
当時、私は初段くらいの実力だったと思う。
道場でも注目される存在だった。
そんなとき、彼は現れたのだ。
「キミが米山香さん? すごい強いんだって? 実は、ぼくも結構強いんだよ。一局遊ぼうよ」
彼は今と変わらない気さくな笑顔でそう言った。
「いいわよ。じゃあ、手合いはどうする?」
「もちろん、平手で」
「そう。いいの? 私は本当に強いわよ」
「いいよ。たぶん、ぼくのほうが強いから、さ」
あのころから本当にムカつく同級生だ。
思いだしただけでもイライラする。
あの時も私たちは同じ形になった。
どうしてだろう? たぶん、本に書いてあったからだ。彼はそれを覚えているのだろうか。それとも忘れてしまっているのだろうか。
そして、結果は……
私のぼろ負けだった。
とても恥ずかしかった。悔しかった。情けなかった。
たぶん、天狗になっていたのだろう。8歳で有段者。プロになる人と比べたら遅いかもしれないけど、なかなかの実力だ。みんなも褒めてくれる。だから、私はすごい。
そんな風に勘違いしていた。
私は、少し涙ぐみながら言った。
「キミ、本当に強いね」
「でしょ。でも、全国にはもっと強い人がたくさんいるんだよ」
彼以上に強い人がたくさん……
私は頭がパンクしそうなくらい、衝撃を受けた。
その日以来、私は彼に追いつきたい一心で、ひたすら将棋を勉強した。
最初の一年は、ほとんど勝てなかった。勝率は1%未満だったと思う。
彼の攻撃を受けるためにひたすら受けを練習した。ダメだと思っても、あきらめず粘り続けた。
一瞬のチャンスをものにするために、詰将棋をひたすら解いた。
こうして、泥沼ができあがったんだ。
1年が経った後から、少しずつ彼に勝てるようになった。
でも、大会ではいつも準優勝。
彼の存在はとても大きかった。
でも、今は違う。
山田くんには、本当に感謝している。
私をここまで押し上げてくれたのだから。
見えない世界を見せてくれた。
そして、彼の存在があったからこそ、大切な存在とも出会うことができた。
彼のおかげだ。
だから、彼には、恩返しをしなくてはいけない。
彼を完膚なきまでに粉砕して、流れを作るのだ。
優勝しかもう見えない。
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用語解説
金無双……
金が横に2つ並んでいる囲い方。
縦からの攻撃に強いが、横や斜めからの攻撃にめっぽう弱い。
得意不得意がはっきりわかる守り方。
相振り飛車によく使われる。




