第百八十二話 アンティーク
先手は、わたし。ならばやることはひとつだ。私は、山田くんとの将棋ではこの戦法しか使ったことがない。
私は序盤から飛車を動かして、いつもの場所に置いた。
いつものように四間飛車に組む。
これはいつもと変わらない。問題は、山田くんがどの戦法を採用してくるのか、だ。
彼はオールラウンドプレイヤーでどの戦法でもさしこなす。棒銀・中飛車・升田式石田流・位取りなどなど。古い定跡が多いが、基本的には振り飛車党だ。わたしとの対局となると、対抗形の急戦か位取りの持久戦……
もしくは、相振り飛車……
私は彼の手を待った。
飛車に手を伸ばす。これで決まった。彼は飛車を三間飛車に振る。相振り飛車だ。
やっぱり勝ちに来た。
私の得意戦法「四間飛車」は、基本的には相振り飛車には向かない。
相振り飛車の常套手段である浮き飛車にできないので攻撃力が弱いこと、飛車の場所が相手の防御陣地に向き合っており突破が容易ではないこと。これが理由だ。だから、私は一手損して、飛車を振りなおさなくてはいけない。彼はその弱点をついたのだ。
なので、私は飛車を向かい飛車に振り直した。ただ、これは先手番なのに、相手に主導権を渡してしまうことを意味した。でも、しかたがない。それに少しくらい不利な方が私の将棋らしい。頂上決戦は、泥沼を作り出す。決勝戦だからってキレイに勝つ気なんて毛頭ない。私には、私にしかできないことをやるのだ。
向かい飛車vs三間飛車。これは相振り飛車の古き良き形だ。お互いに金無双という守りかた。
そして、10年前にわたしたちがはじめて戦ったときと同じ形。
対局前の緊張感はなくなっていた。あとはいつもの高揚感がそこにはあった。
「じゃあいくよ」
山田くんは、無言でそう言った。
私はうなづく。
彼はクスリっと笑った。
頂上決戦。
それはいつも楽しい思いでしかなかった。
でも、今回は苦しい思い出になるかもしれない。
今までとは背負っているものが違うのだから。
―――――――――――――――――――――――――――――
人物紹介
山田久明……
千城高校3年生。アマチュア四段。棋風は火力抜群の攻め将棋。振り飛車党よりのオールラウンドプレーヤー。ツノ銀中飛車・相がかり塚田スペシャルなど対策が確立されて消えた戦法を得意とする。高校の県大会では、優勝2回・準優勝2回の安定した成績を残す。前回の全国大会では、優勝者に敗れてベスト4となった。
用語解説
相振り飛車……
お互いに飛車を振り合う戦い方。
振り飛車の作戦にも関わらず、縦の攻め合いになることが多い。
今回のパターンは、古くから指されている古風な戦い方。




