第百八十話 生け贄
おれは、大会前の会話を思いだした。
いつものように部室で、将棋をしている時、文人は言ったのだ。
おれたちは、ふたりで角換わりの将棋の研究中だった。テーマは、一手損角換わり時の早繰り銀。プロでも難解というテーマについて、うんうんとうなっている時だった。
「なあ、桂太?」
「どうしたんだ。投了か?」
「まさか。まだ、始まったばかりだろう。だいたい、この盤面はおれが有利だ」
「いや、やっぱりお前が手損しているのだから、俺が有利なはずだ」
「いや、おれが」
「いやいや、おれが」
「じゃあ、私が」
「「どうぞ、どうぞ」」
部長がおれたちの間に入ってきたので、お約束の展開をするおれたちだった。
「部長も来たし、ちょうどいいや」
「なによ、失礼ね。文人くん」
「実は、ふたりに相談があってさ……」
「なに?」「なんなのよ?」
「大事な話で、なにを妄想言ってるのかと思われるかもしれないんだけどさ……」
「なんか矛盾してねえか?」
「うん、矛盾してる」
「あんまり、笑わないで聞いてくださいってことですよ」
おれたちは、ちょっと真面目になった文人の口調に、真剣にうなづかなくてはいけなくなった。
「もし、団体戦で、おれたちが決勝に進出して、千城高校と当たることになったらさ……」
「うん」
「おれを生け贄にしてくれない?」
「「生け贄?」」
※
「じゃあ、順番は当初の計画通りいくわ。先鋒は私。次鋒はかな恵ちゃん。中堅は文人くん。副将が葵ちゃん。大将が桂太くんでいくわ」
「本当にいいのか、文人?」
「ああ、やってくれ」
おれは何度も文人に確認した。この順番でいくのはなぜか?
それは、千城高校最強の男「山田」さんが、毎回中堅のポジションに座るからだ。
先鋒と中堅に橋田さんと山田さんという両エースを配置して、一気に勝負を決めてくるスタイルを得意としていた。
このオーダーは、変わることのない不文律として知られている。これを逆手にとって、先鋒と中堅を捨て石にする学校もあるのだが、ぶ厚い選手層の影響で対策にならないのが実情だ。
だが、おれたちの学校なら違う。
文人は優勝するために、冷酷な分析をしていた。
「正直、自分で言うのもなんだけど、おれたちのチームで一番の穴は俺だと思ってる。ああ、自覚しているから慰めはいらないよ。他のメンバーは千城高校のスタメンと比べても遜色ないと思うんだ。でも、俺は…… だから、俺が山田さんとぶつかって捨て石になることで、他のみんなで勝ってもらって優勝する。それが最善手だ。もちろん、山田さんには勝つ気でやるよ。だから、そんな顔するなって」
おれたちは、文人の覚悟を無駄にしないために、その提案を受け入れたのだ。
しかし、盤上の神さまは、そんなに優しい存在ではなかったのだ。
なぜなら……




