第十八話 原石
「じゃあ、桂太くんは、その女の子を見てあげて。妹ちゃんはわたしが相手になるからさ」
部長はそう言ってテキパキと部員たちに指示を飛ばす。まるでなにごともなかったようだ。
かな恵さんは……。
「ケイタクン、ドウシテ、シタノ、ナマエ?アレレーオカシイデスヨ。アアソウカ、泥棒ネコだ~」
ちょっと壊れていた。
おれは怖いので、近寄らず見学に来た女子を相手にする。
「よろしく。おれは、佐藤桂太。二年生。きみの名前は」
ちょっと緊張している様子の新入生に自己紹介する。
「あっ、わたしは、源葵です。一年生、あっ当たり前か。えーとっ」
どうやらパニック気味らしい。
「じゃあ、源さん。簡単に将棋で遊んでみようか? 駒の動かし方とかわかる? 段位とかもってる?」
「おじいちゃんに教えてもらって、簡単に駒の動きくらいは……。でも、時々間違えるし……」
なるほど、完全に初心者だ。なら、手合いは……。
「10枚落ちで遊ぼうか。間違えてもいいから、リラックスして遊ぼう」
「は、はい」
「10枚落ち」
これは、上位者が歩と王だけで指すハンディ戦だ。これでも初心者は、ミスしてたまに上位者に負けるので、意外と白熱した将棋になる。
「これで、いいんですか?」
「うん、大丈夫。全力できてね」
おれの脳内での設定では、源さんが前半で圧倒的に優位となり、中盤におれが粘り、最後にはおれが押し切られて負けるというのがシナリオだった。
「「おねがいします」」
35手目。
源さんのミスで、銀を手に入れて、おれがカウンターに成功。
一気に形成が有利となる。
徐々に駒を挽回していくも、やはりハンディが大きくて、おれの王様は15手詰めの危機的な状況を迎えた。
(よし、あとは誘導して、勝ってもらおう)
おれが、次の手順を示そうとヒントを口にしかけた瞬間……
すでに、源さんの手は動いていた……。
「なっ」
おれは、思わず悲鳴をあげる。なぜならその彼女の手は、正解の手順とぴったりと一致していたのだから。
おれは、王を逃がす。持ち駒は、歩だけだ。
源さんは、頭を上下にゆらしながら、次の手を正確に指しこんでいく。
「▲2二歩成△4一玉▲4三龍△5一玉▲7三馬△6二歩▲5三龍△4一玉▲7四馬△6三歩▲4三龍△5一玉▲7三馬△6一玉▲4一龍」
そして、15手進めたのち、おれの王はみごとに討ち取られていた。いくら簡単な15手詰めでも、それをノーヒントで正確に答えを導き出すなんて……。
「やった。勝てた」
源さんは、素直に喜んでいた。
「すごいね。最後のノーヒントって。ほとんど考えていなかったし」
「はい、なんか閃いちゃって。あとは無我夢中でした」
「ちなみに、詰将棋とかってやったことは?」
「ツメショウギ?」
間違いない。彼女は天才だ。詰将棋も指し将棋も知らずに、あの終盤力。
「ちなみにクイズだけど、こういう局面だったらどうしてる?」
「こうこうこうこうです」
5手・7手・9手と詰将棋をあざやかに正解していく彼女に、うすらさむさすらおぼえた。
「全問正解!」
「やった。将棋ってパズルみたいで楽しいですね」
「じゃ、じゃあ、部活に入ってみない。たぶん、キミには将棋の才能がある」
「えっ、本当ですか? 才能なんてはずかしいな~」
「間違いないよ。絶対にすごい才能だから、ねっ」
「わ、わかりました。あとで、入部届書きます」
こうして、ひとりの新入部員が加わった。ダイヤの原石が……。
※
一方、そのころ別の席では……
「じゃあ、かな恵ちゃん。少し遊びましょう」
「はい、うちの兄がたいへんお世話になっているようで。今日はよろしくお願いします」
「そう、うちの桂太くん、かな恵ちゃんに迷惑かけてない?」
「うちの兄は、いつも紳士です。部長さんと違って」
「くす。かな恵ちゃんは、まだ子供だからしかたないわね~」
女の戦いが繰り広げられていた……。
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登場人物紹介
源葵
高校一年生、15才。
かな恵のクラスメイト。
祖父と父親が、将棋好きなのため、共通の話題になればと思い部活見学に参加。
将棋は、駒の動きがわかる程度の初心者だが、詰将棋や終盤に関しては天才的な才能をもつ。
趣味はパズルゲームと数学で、特に数学はすでに高校レベルを超えている。




