第百七十一話 錯覚
お互いの攻め合いは一気に終盤に突入した。
(うおおおおおお)
心の中では、自分の見た目とはまったく違う野性的なうねり声をあげていた。私の本来の声……
状況は寄せあいとなっている。先に相手の王に触れることができれば勝ち。私は必死をかけた。これで相手の王はもう逃げられない。勝った。驚異の新星を打ち落とせた。私は、勝利を確信したのだった。
これで、相手が私の王を詰まることができなくければ勝ちだ。
さあ、どうする?
小さな小動物のような彼女は、この状況で頭を揺らしながら考えている。
そして、笑った。
禍々しい笑顔でにっこり、と。
そして、力強く角を盤面に打ちこんだのだ。そして、私は理解する。先ほどの手が必死ではなかったことに……
おそろしい見落としがそこにはあった。角の経路は特に見逃しがちなことだが……
「詰めろ、逃れの詰めろっ!?」
逆転の一手だ。
私の一手はまだ「詰めろ」にすぎなかったのだ。必ず死ぬ一歩手前の状況だ。
だから、この状況からは逃げられる。
逃げられてしまう。
そして、俺の王は奈落へと転落した。
すでに彼女は読み切っているのだろう。ノータイムで、続手を指し続ける。
俺にできることはひとつだけ。
「負け、ました」
短く、そして冷たい投了の言葉を告げた。これであとはなくなった。
※
「ありがとうございました」
現実世界に戻った私は、あわてて挨拶を返す。また、向こうに行ってしまったのだ。ほとんど無意識下の私は、敵の誤認を正確にとがめていた。桂太先輩に教えてもらったふたつの戦法同士の対局には負けるわけにはいかなかった。それだけは、私のプライドが許さない。
よかった。これで、みんなにつなげられた。かな恵ちゃんのことをすこしは助けることもできた。みんなの笑顔をまた見ることができる。
安堵感に包まれて席に戻るとみんなが待っていた。
「勝ったよ、みんな」
私はそう言って、先輩の胸に抱き着いた。どうして、そんなことをしたのかよくわからない。
※
「ごめん。負けちゃった」
貴子は、無念の声だった。
私たちも表情が沈む。
「大丈夫。部長の余に任せておきなさい」
「佳代」
「部長」
「佳代ちゃん……」
みんなが佳代の顔を見つめる。この年がら年中、中二病の彼女がここまで頼もしいと思ったことはたぶんはじめてだ。
「ついに、冥王である私が、暗黒神米山香と剣を交わすのだ。ああ、血湧く。血湧く。これも前世でのビクトール火山での決闘以来の出来事なのだよ。みんな、笑って送り出してくれたまえ」
(ああ、うん)
毎度のことながら、言ってることはよくわからなかった。でも、なんかやってくれるかもしれない。そんな気持ちがみんなに湧き上がる。
「作戦名は、The Grand Inquisitor よ。行ってくるわ」




