第百六十九話 原始戦法
「おい、なんだよ。この初心者同士みたいな序盤は……」
「がっちがっちの力戦形かよ」
「ふたりとも可愛い顔して、ガツガツの攻め将棋かよ。やばい、ギャップ萌え」
「まるで原始的な世界だな、おいっ」
また、馬鹿なやじがうるさい。
しかし、事態は緊迫感のある中盤の入り口まで来ている。
葵ちゃんはここまで問題ない指しまわしで、一ノ瀬さんに食らいついている。
よかった。俺の杞憂だったのかもしれない。
葵ちゃんは、より完璧に近づいている。変化球の力戦にもうまく対応できるくらいに……
本当に怪物だった!
※
やっぱりこれでもダメか。私は棒銀を使って、相手の陣形を圧迫するも、向こうはヒラヒラと圧力をかわしていた。
このままでは、有名な角のカウンターが発生してしまう。
どうしようか。
私は悩みながら、みんなの顔を思い浮かべる。
こんな私でも優しく受け入れてくれたみんなの顔を……
ここで終わりたくはない。
そう決心して、私は突如現れた超新星の攻撃を受け止める。そう決めた。
※
こういうときはどうすればいいんだっけ?
たしか、桂太先輩と部長の練習対局で見たことがある気がする。
あの時は、四間飛車と棒銀の戦いだったけど、あの状況を応用すれば……
私は敵の飛車を狙撃するために、角の大移動をはじめたのだった。
たぶん、これが有効だ。
私が大好きな将棋も、数学も似ている。ふたつともつみ重ねが大事なんだ。いくつもの積み重ねがあって、基礎と基礎の組み合わせによって応用が生まれる。そして、応用と応用の組合わせによって、知識が発展していく。
私は将棋の積み重ねは、みんなと比べて少ない。そこが欠点だと思う。でも、それを嘆いていては前に進めない。基本だけでも、忘却寸前の記憶でもなんでも組み合わせて、前に進まなくちゃいけないんだ。私は初心者だ。失うものなんて、なにもないんだから。
吹っ切れて、私は自分の好きな将棋を指していく。大好きな攻撃的な将棋を……
この二つの戦法を教えてくれた桂太先輩の顔がさっきからちらついている。いや、桂太先輩の顔は、いつも考えてしまっている。それがどうしてなのかはわからないけど。
彼のことを考えると、いつも熱くなってしまうのだ。
私の家での対局中に似た気持ちだ。あの時は、嬉しすぎて、無我夢中になってしまった。
あの時はどうしてそうなったのかわからなかった。今になってわかって。本当に嬉しかったのだ。先輩と同じ世界を見ることができたことに。
さあ、戦争をはじめよう。
もう、受けには回らない。




