第百六十七話 つながる気持ち
「みんな、ごめん」
「かな恵ちゃん……」
私は、彼女に慰めの言葉をかけようと思っていたが、それを飲みこんだ。
私がやることはそうじゃないと分かっていたから。
私がやることは、次の対局に勝って、みんなとの将棋を繋げること。
だから、そんなことをしちゃいけない。彼女の傷口に塩を塗ってしまうことにもなりかねない。
だから、私は勝たなくちゃいけない。
部長と桂太先輩がうなづいた。みんな分かってるんだ。
「いってきます」
私は力強く席を立った。
※
「桜子、ありがとおおおおおおおお」
マチルダが私に抱きついてくる。最高の祝福だ。
「よしこれで振り出しに戻ったわね」
「うん、さすがは桜子。相手の良さを完全に潰す嫌らしい、もとい、老獪な将棋!」
それ本当に褒めてるの?
「じゃあ、次は私が行ってくる番だな」
「貴子がんばってね」
私は、背の高い黒髪の美男子にエールを送った。
そう、貴子は、男子なのだ。
なんでも、女の子が欲しかった両親の影響らしい。スカートは履いていないが、その仕草はほとんど女性。本当の性別を初見で分かった人は、おそらくひとりもいないはずだ。
ちなみに、みんな<たかこ>と呼んでいるが、本当の呼び方は<たかし>だったりする……
あとは、突っ込むべきじゃない。
「大丈夫? 相手は、あの甘枝を粉砕したダークホースよ? 勝算は?」
「はじめから負けると思って、将棋する人はいないわ、それに私たちだって、ダークホース。背負ってるものも違う」
「それもそうね」
マチルダと貴子はいつものようにそうやり取りする。このやる気なら、きっといい勝負をしてくれるはずだ。
「「「「いってらっしゃい」」」」
私たちは、貴子をそう言って見送った。
※
「ついに出てきたぞ」
「あれが甘枝を粉砕した1年生か」
「結構、かわいいじゃん」
「あの顔に騙されるなよ。甘枝との終盤は、本当に鬼だったからな。なんだよ、あの長い詰みを一瞬で解く終盤力。ほとんどプロみたいなもんじゃねえかよ」
「でも、あの子にやられるなら本望」
「俺も、望外の喜び」
「まさに僥倖だよな」
将棋好きのやじみたいな声が聞こえてきた。どこの中学生プロの名言集ですか?
でも、大丈夫だ。だって、葵ちゃんだからな。
甘枝さんとの勝負ではっきりとわかった。
彼女は本物だ。
まさか、そんな本物に将棋を教えられるなんて、な。
かな恵のことは心配だけど、ここは全力で葵ちゃんを応援する。
だって、彼女は俺の最高の弟子なんだから。
「桂太くん、後は任せたわ。私は調整に入ってくる」
部長がそう言って、席を後にした。
次の出番の部長も本気モードだ。
ピリピリとした緊張感が伝わってくる。
「はい」
そして、準決勝第三局ははじまった。




