第百六十一話 跳躍③
相手は、私の桂馬跳ねを銀が前に出ることで避けた。
ここまでは私たちの研究手順だったので、よかった。ただ、ミスをしてくれて私が一気に攻めるチャンスを逃してしまった。ここからは、平凡な組み方になる。ただ、跳躍した桂馬と飛車のおかげで、相手の陣地にっ堅い守りを作るのが難しい。だから、わたしが一方的に堅い陣形にできて、相手のひとはバランスよく陣形を作っていかなくてはいけなくなるので、神経をすり減らすことになる。
大丈夫、どう考えても私たちが有利だ。あとは、慎重にポイントを稼いでいけばいいだけ……
そして、もっとみんなと将棋を指すんだ。
全国で……
※
俺は、王を「中住まい」という形に構えさせた。
この囲いは、守備力こそ低いものの、バランスが良く、俺と相性が合う守りかただ。
バランスよく構えて、相手の攻撃をかわし続ける。そして、相手に緩手が出た時にとがめて、一気に逆転する。昔の俺だと苦手としていた指し方だ。いつも、部長や桂太にやられていた指し方だ。だから、それを真似すれば……
俺は、相手の将棋を受けきる覚悟で、攻撃に誘導した。金を左右に動かして、一手パスをした。
攻めて来いよ、という挑発だ。
田中さんは、目を閉じた後、一息ついて攻撃に突入する。駒が次々と動いて、俺の陣地に殺到した。
焦るな、焦るな。
いくら自分で誘導した攻めであったとしても、やはり攻められていると気が気でない。
一手でもミスをすれば、即敗北になるのだ、みんなの期待を背負っているのにそんな無様な将棋はできない。俺は慎重に手を進めて、攻撃に対処する。バランスの良い陣形に田中さんは攻めあぐねている。
チャンスだ。
俺は覚悟を決めて、田中さんが跳躍させた桂馬を銀で取った。駒の価値的には損だが、ここでは桂馬しかないのだ。
――――――――――――――――――――
用語解説
中住まい……
相居飛車同士の将棋によく出てくる囲い。
今回は角換わりの将棋で登場したが、緊急避難的な意味合いが強い。
本来であれば、「相がかり」「横歩取り」のような激しい将棋で使うことが王道。
バランスが良く、飛車や角を失っても、相手に打ちこませる場所をなくすことができる。
ただし、バランス重視のため、守備力は低く、一気に寄せきられる危険性も……
古き良き縁台将棋で、愛用されていたらしい。
駒の価値……
あくまで一般的に、王>飛車>角>金>銀>桂馬>=香車>歩の順番。




