第百五十九話 跳躍
彼女の次の一手は、桂馬が美しく跳ねる形だった。先手4五桂馬急戦……。
コンピュータによって生まれた比較的に新しい定跡だ。
角換わりに新風を引き起こした新定跡。簡単に取れてしまいそうな桂馬が、実はとり難く、逆に後手の陣形を制限させる役割を持つ。本来であれば損だと考えられていた手順に有効な金脈が見つかる。将棋のソフトが発展したため、今までの定跡が見直される。最近の激動の将棋界でよくみられる傾向だ。
激しい定跡手順になる可能性が高い攻撃重視の指し方だった。
西田東高校の部員は、今までの結果的に考えて攻めを重視する。田中さんがこの手順を選んだというのも納得できる。
俺は気持ちを整えるために、気持ちを引き締める。わずかばかり時間を使った後に、次の一手を放った。
※
先手4五桂馬急戦……。
これは、私たちの絆の証。わたしが、岩田さんたちから教えてもらった定跡なのだから。
わたしは、田中マチルダ15歳。西田東高校の1年生だ。
名前からわかると思うけれど、わたしはハーフだ。
父はアメリカ人。軍人だった。母は普通の日本人。
両親は、父が仕事の関係で日本に来ていた時に出会った。
ふたりは大恋愛のはてに結ばれて、私を授かった。
でも、わたしは父の顔を知らない。
わたしが生まれてくる前に父は戦場で行方不明になった。
お母さんは、女でひとつで私を育ててくれた。
それはそれで幸せな生活だったけど、わたしはハーフの見た目が好きになれなかった。いつも孤独だった。その日常が変わったのは将棋のおかげだ。岩田さんたちはわたしを将棋部に誘ってくれて、いろんな定跡を教えてくれた。みんなで同じ学校に進学して、将棋部で活躍しようって約束した。それがいま叶っている。そして、この夢をまだ続けていきたい。
だから、みんなとの思い出が詰まったこの定跡でこのひとを倒す。わたしは一気に駒組を進める。
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人物紹介
田中マチルダ……
高校1年生。アマチュア2段。攻撃力が高い角換わりの戦法を好む。4五桂馬急戦・棒銀・早繰り銀などなど。父はアメリカ海兵隊の軍人だったが、戦場で行方不明になった。チェスなどのボードゲームが得意で、その才能が受け継がれている。
自分の容姿がコンプレックスで内向的だったが、中学時代に今の将棋部の友人と出会ったことで活発になる。
金髪ハーフ美少女。
用語解説
4五桂馬急戦……
6五桂馬戦法の先手版
6五桂馬戦法……
将棋のソフトが作り出した新しい定跡。従来の研究を覆して、将棋界に激震を起こした。
この戦法ありきで、角換わりの最前線に変化を与えている。
あまりにも早い桂馬の進軍は、無理だと思われていたが、後手の陣形に圧迫感を与えて、駒の組み方を制限している。




