第百五十二話 激震
「行ってきます」
緊張する。初戦の先鋒。それも、相手は県3位の強豪「甘枝至」……
圧倒的な終盤力を誇る個人戦の優勝候補。
「がんばって」
「いけるいける」
「リラックス、リラックス」
みんなわたしを励ましてくれる。
「葵ちゃんなら、勝てるよ」
「桂太先輩……」
対するのは将棋をはじめて数カ月の源葵。わたしだった。
※
「えっ、米山香じゃないの?」
「米山か佐藤だと思ってた」
「あの子、誰?」
「もしかして、捨て駒?」
桜町高校の部員たちがざわついている。特に、最後の言葉は結構傷ついた。自分でももしかして……と思っていたから、なおさらだ。
(でも、桂太先輩たちの顔を見てわかった。わたしは本気で期待されている。だから、勝たなくちゃいけない。負けちゃいけない)
覚悟を固める。もう逃げ道なんてない。
「よろしくお願いします」
わたしは先に挨拶した。気持ちで負けるわけにはいかないのだ。
「うん、よろしくお願いします」
相手はにこやかな笑みを浮かべる。まるで、楽勝だと思っているような仕草だ。
本当にムカつく。
振り駒の結果、わたしが後手となった。
相手は、飛車先の歩をついて居飛車を明示する。わたしは、ゴキゲン中飛車を採用した。
それをみた相手は笑う。
そして、次の一手は5八金右。
「超急戦」
中飛車対策でも、一番激しい戦い方を選ばれた瞬間だ。おまえみたいな無名の選手は実力差で上回ってるから、この激しい定跡でもやれる。にこやかな笑顔のまま無言でそう言っていた。
わたしは、定跡にしたがって一気に駒を動かした。戦争がはじまる。
※
「やっぱり、甘枝さんがでてきましたね」
「うん、対策しやすくて助かるわ」
おれは、部長と葵ちゃんの将棋を見ていた。
甘枝さんは、終盤型の将棋だ。そして、葵ちゃんも同じ。選ぶ戦法は、序中盤を通り越して、いきなり終盤になる将棋だとおれたちは分析していた。彼が一番得意とする戦い方だから。
自分が終盤に自信があるから、できる激しい将棋。
それは……
葵ちゃん以外が相手だったら正解だったはずだ。だが、彼女が相手の時は大悪手となる。
だって、彼女を上回る終盤力を持った高校生なんて、存在し得ないのだから。
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人物紹介
甘枝至……
桜町高校3年生。前回の新人戦個人3位。
幼少期より山田・米山時代の3番手としての地位を保つ。にこやかな笑顔とは裏腹に、超攻撃的な将棋を得意とする。詰将棋が得意で、終盤に自信がある。居飛車党。




