第百五十話 当日
「さあ、みんないくわよ」
おれたちは大会会場前に集まると、部長の言葉とともに会場入りする。ついに、大会当日だ。
みんな期待と不安が入り乱れている顔をしている。とはいっても、午前中は予選大会のため、おれたちは観戦だけになる。だが、この観戦が重要だ。決勝トーナメントでぶつかる可能性があるライバルたちの将棋を見ることができるのだ。この観戦から分かったデータは、かなりのアドバンテージとなりえる。
千城高校の席の近くにおれたちの控えベンチはあった。さすがは、優勝候補筆頭。メンバー面々からは強豪特有のオーラを感じる。みんな将棋の本を読んでいて、ピリピリモードだ。さすがは、県大会10年間無敗の常勝校。そして、その常勝校を率いるのが……
「やあ、米山。今日はよろしく」
「山田! 久しぶりね。こちらこそ、よろしく頼むわ」
県下個人戦2連覇がかかるキャプテン山田さんだった。幼少期より、各カテゴリで、米山部長としのぎを削ったライバル関係。
あのふたりの世代は、山田・米山世代と言われて強豪が集まっている。特に、あのふたりはとびぬけた実績を持っていた。
子供将棋大会は、この二人によって回っていると言われ、お互いが優勝回数を分け合った仲だ。
山田さんは、古典派の定跡を好み米山部長との対戦は毎回、昭和のタイトル戦みたいな流れになることが多かった。
段位は、アマチュア四段。昨年の新人戦では、全国ベスト4。間違いなく全国クラスの化け物だ。おれも準々決勝でぼこぼこにされた。おれたちの世代は、小さなころからこの1学年上のふたりに憧れて将棋をしてきた。彼らは、おれたちにとって憧れであり、大きな壁、だった。
山田さんは、県下最強の防御力を誇る部長を上回る火力を持つ唯一無二の存在、だった。
そう、いままでは……
しかし、今ではもうそれは違う。もう、それらは過去形だ。なぜならば、葵ちゃんがいるからだ。この子ならば、あの二人の存在に届きうる。
おれはそう確信しながら、ふたりの会話を眺めていた。
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人物紹介
山田久明……
千城高校3年生。アマチュア四段。棋風は火力抜群の攻め将棋。ツノ銀中飛車・相がかり塚田スペシャルなど対策が確立されて消えた戦法を得意とする。高校の県大会では、優勝2回・準優勝2回の安定した成績を残す。前回の全国大会では、優勝者に敗れてベスト4となった。




