第百四十九話 前日②
「いよいよ、明日か」
おれは、自分の部屋のベッドに寝そべりながら、感慨深くため息をつく。もし、ここで負けてしまったら、部長との部活はこれで終わってしまう。おれにとって部長と過ごせたこの2年間の部活の時間はかけがえのないものになっていた。
中学まででは考えられなかった幸せな日々だった。同世代のトップと間近で将棋を研究する機会が与えられるなんて……
あこがれの存在だった部長に研究パートナーに選ばれた日。嬉しすぎて眠れなかった。少しずつ部長の本性を知って、ちょっと困惑した。一緒の研究会で、部長が魅せる熱意に圧倒されて、尊敬がどんどん深くなっていった。そして……
できる限り部長と長く将棋を指したい。そのためにも明日は絶対に負けられない戦いなのだ。そして、優勝を狙えるメンバーが幸運にも集まっている。
文人の将棋は少しずつ開花をはじめている。力戦が得意となり、いままではおしつぶす将棋だったが、鋭利な将棋も手に入れた。かな恵は、まだ少しスランプ気味だけど、波の乗った時の攻撃力は部長ですら止められない。そして、天才”葵ちゃん”だ。間違いなく、部長と並ぶ2大エースになっている。そこらへんの相手では、まず間違いなく圧殺される。特に、小駒の使い方が圧倒的にうまいのだ。初心者だとは思えないほど、弱い駒を使った細い攻撃をつなげてくる。おそるべき将棋センス。おれと戦ったときから、ドンドン力をつけはじめている。もはや、コンピュータの進化みたいなスピードだった。
相手だったら恐怖しかおぼえない。
だが、おれは葵ちゃんへの感情として、違うものも持っていた。
そのおそろしい成長スピードへの嫉妬と憧れ。そして、悔しさ。そして、これはおかしなことなんだが、それでも勝てるんじゃないかなという謎の自信だ。前回の対局時も、どうして勝てたかわからなかった。でも、勝てた。それが、おれのなかで大きな自信になっていた。
このベストメンバーで優勝できなかったら、たぶんどんなメンバーでも勝てないとおれは思っている。最強の布陣だ。
そして、個人戦は、おれが……
人前で言ったら、笑われてしまうだろう。だから、自分の部屋で言うのだ。若いんだから、変な自信のひとつくらいあったっていいだろうよ。
おれは、大会前最後の調整のために詰将棋を解いた。そして、勝負のための眠りについていく。
※
兄さんの部屋から物音は聞こえなくなった。寝てしまったのだろう。
わたしは、緊張からか上手く寝られそうにない。机から、亡くなった父の写真を取りだした。
「怖いよ、お父さん……」




