第百四十七話 日常
「いいのか? 桂太? ほいほいついてきちゃって。おれは……」
「いや、キャラ違うだろ、文人」
「おとこ二人で出かけるときは、なんかネタがないと、華がないないじゃん」
「だからって、このネタを選択せんでも…… 際どすぎるだろ」
「いやー、だってさ」
「だっても、へちまもねえよ」
「桂太……」
「なんだよ……」
「そのネタ、古すぎ」
「いや、お前に言われたくねえよ」
おれは思いっきりそう叫んだ。 もちろん、将棋の話だよ。何の話をしていると、思ったんだい?
「まったく、二人は仲好過ぎるわね」
部長はあきれていた。
こんな、いつもの日常だった。
そう、おれたちにとっては当たり前の…… だけど、もうこの日常を過ごせる日々は、長くはない。
※
「文人さ、最近変わったよな」
「なにが? 外見?」
「いや、将棋の内容」
おれたちは、感想戦で真面目な話をしている。
「どんな感じ? 自分じゃわからないんだけど」
「うーん、なんか、いままでの線の弱さがなくなった気がする」
「どういうこと?」
「昔は、定跡でがんじがらめ、みたいなイメージだったんだけど、最近は、あえて定跡を外しているような気がするし、乱戦にも強くなった気がする」
「わかる!? 実は少しずつ自分の将棋を変えてみてるんだ」
「ほー」
文人は、定跡信奉者だったような気がする。かなり、意識が変わってる。
「なんかさ、葵ちゃんの急成長観ていたら、俺も少しは頑張らないとなって、思い始めてね」
「たしかにな。おれも、そう思う」
「まあ、あの天才みたいな子にはなかなか敵わないから、俺なりに少しずつさ。やっていこうと思ってる」
そう言って、文人は笑った。
「よし、みんな、今日はこれくらいにして、帰りましょう」
部長が大きな声でそう宣言した。
※
おれたちは、みんな一緒に外に出た。
もう、日が暮れ始めている。
こうして、部長を含むみんなと帰ることができるのは、ほんとうにもう少しかもしれないと思うと寂しくなる。
「ねえ、桂太くん?」
部長がおれにしか聞こえない声で話しかけてきた。
「なんですか、部長?」
「お願いがあるんだけどさ」
なんだかいつもの部長の様子じゃなかった。なんというか、その…… とっても、女の子っぽい仕草だった。いつものギャップにかなりドキドキしてしまう。
「夏の大会で、優勝したら、さ」
「は、い」
「わたしの、お願いをひとつだけ聞いて欲しいんだ」
その顔は、目がウルウルしていて、とても可愛らしかった。
「はい、喜んで」
「ありがとう。なら、絶対に優勝しないとね」
部長はさらに決心を固めたようだった。
最後の大会まで、あと1週間……




