第百四十六話 後輩
「あれ、桂太先輩? 今日は遅いんですね」
「ああ、葵ちゃん」
「どうしたんですか?」
「今日は、移動教室だったからだよ。葵ちゃんは?」
「わたしは、委員会の手伝いです」
「優等生だな~」
「それほどでも、ないですよ~」
そんな流れで、おれたちは一緒に部室に向かった。
「この前は、ありがとうね。ご飯、とっても美味しかった」
「ああ、そうですか。よかった。両親もまた遊びに来てねって言ってました」
「じゃあ、またいくよ。おじいさんにもよろしくね」
「はい、指導対局、喜ぶと思います」
「あれは、本当に指導対局なのだろうか?」
「わかりません」
そう言って、笑い合う。
「葵ちゃんは、団体戦のメンバーに選ばれたけど、緊張してる?」
「少しだけ」
「だよね」
「はい、団体戦の公式戦、はじめてなので……」
「個人戦に比べて、なんか責任感みたいなのあるよね」
「そう、それです」
「まあ、葵ちゃんの実力なら、大丈夫だよ」
「そうだと、いいんですけど……」
葵ちゃんは自信なさげに、苦笑いする。
「この大会が終わったら、部長は引退ですか」
「そうだね」
「なんだか、想像できませんよね」
「うん」
「いるのが当たり前みたいな感じでしたもんね」
「そうそう」
「桂太先輩って、部長のことどう考えてますか?」
「ごほっ」
おれは、急な質問に吹き出す。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。きゅうな質問でビックリしただけ」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと、鋭すぎましたね。質問、変えますね? 桂太先輩って、好きなひととかいるんですか?」
「ごほっ」
おれは、再び地面に吹き出した。
「それ、質問変わってないよ」
「え~、そうですか?」
「だって……」
そう言って、おれは言い淀んだ。これ以上は、言うとさらに悪手な気がする。
「だって、なんなんですか?」
「いや、その」
「言ってくださいよ」
「うーん」
葵ちゃんは、将棋張りの鋭い攻めを繋げていく。
「部長のことは、憧れというか……」
「憧れというか?」
「なんか、手が届かない場所にいるような気がしているんだ。テレビの中のアイドルが、目の前に来ちゃったような……」
「へー、じゃあ、かな恵ちゃんは?」
「かな恵は……」
どこまで言っていいのだろうか。葵ちゃんは、おれたちが義理の兄妹と知っているのかわからない。
「大丈夫です。わたしは、かな恵ちゃんからほとんど聞いてますから」
葵ちゃんはそう言った。
「かな恵は、突然できた妹だから。なんだか、よくわからないんだ。まだ、兄妹になって、1カ月くらいだし。どう接すればいいのか、距離感はどうすればいいのか。本当に手探り状態」
「うーん」
葵ちゃんは、それを聞いて苦い顔をする。
「ちなみに、わたしは?」
「ちょうかわいい後輩だと思う」
おれは即座に断言する。
「ごめんなさい。桂太先輩。嬉しいんですけど、はめちゃいました」
「?」
「怖いお姉さんたちが、怒りたそうにこっちを見てました」
おれは、あわてて振り返る。そこには、かな恵と部長がいた。
うひょー
久しぶりに、おれは変な声をあげかけた。
「やっぱり、葵ちゃんがいいんですね、兄さん」
「裏切り者には極刑を……」
じりじりとふたりがおれに迫る。必死だった。




