第百四十五話 ライバル
「おつかれさまでーす。あれ、部長だけですか?」
「そうよ。かな恵ちゃん、今日は、早いのね」
「掃除当番が交代になったので、今日は早いんですよ。葵ちゃんは、委員会で少し遅くなるそうです」
「桂太くん、文人くんは、移動教室で、遅くなるようだから、しばらくわたしたちふたりね」
どうして、部長は、二年生のカリキュラムを暗記しているのだろうか。あんまり、つっこんではいけない闇を感じた。
「もちろん、高柳先生は来ませんからね」
「そりゃあ、そうでしょう」
そう言ってわたしたちは笑いあった。嵐の前の静けさというやつだ。いつもなら、ここで……
「ところで、かな恵ちゃん? 桂太くんとの関係はどう?」
やっぱり来たーーーー
わたしに対してのけん制だ。
「どうって、いつも通りですよ。仲のいい兄妹です」
「そう、いつも通り仲のいい義理の兄妹なのね」
「含みがありますよね、その発言」
「そう?」
「じゃあ、部長は、最近どうなんですか? 兄さんと……」
「えっ、いつものように、仲のいい先輩後輩コンビ、よ」
部長は、将棋と違ってリアルでは守りが弱い。
「そうですか~ ただの、仲の良いお友達なんですね。わかります」
だから、わたしは、ちょっとだけ意地悪をした。
「違うわ。特別な関係よ。深い絆で、結ばれて……」
「えーっと、深い将棋の関係で結ばれている特別な研究パートナーってことですか?」
部長は顔を真っ赤にして否定する。少し、おもしろかわいい。
「うううううう」
「ごめんなさい。からかいすぎました」
「もっと、先輩をいたわってよ」
「はい、ごめんなさい」
「絶対に、反省していない」
「てへっ」
「もうっ」
部室でこんな感じのやり取りをしていくうちに、わたしたちはこんな感じでじゃれ合う仲になっていた。
「で、真面目な話、かな恵ちゃんは、桂太くんのことをどう思っているの? 単なる優しい義兄?」
部長はいつになく、真面目な顔になっていた。この口調では、わたしも避けることができない。ここで、逃げたらダメだ。
「兄さんは……」
「とても優しい人です。人見知り気味な突然出てきたわたしみたいな義理の妹に、優しくしてくれて。理不尽に怒っても、笑って受け入れてくれる」
「それから?」
「それから、将棋をしている姿はカッコイイです。読みは誰よりも深くて、手厚い将棋。わたしと違って、正統派で……」
「うんうん」
「なにより、強さがあります。だから、みんなに優しくできる」
「……」
「とても、尊敬できる自慢の……」
「無理しなくていいわ。それって……」
「好きだって、ことだと、思います」
「だよね。わたしとおんなじ」
「はい」
部室には夕日が差しこんでいた。




