第百四十四話 初恋
昨日は、ネット対局を5回ほどしてしまった。<kana kana>さんとの5番勝負。結果は3勝2敗で、おれの勝利だった。嬉野流を2回、右玉を1回、早石田を1回、かまいたち戦法を1回。全部、奇襲戦法だった。大会の1発勝負では、奇襲戦法への対策が勝負を分けるときが多い。奇襲の使い手に互角以上に戦えたことは大きな自信になった。
「よし、詰将棋をして寝よう」と思ったおれに部長から電話がかかってきた。
その電話で少し昔の思い出話をした。
※
米山香、16歳、春。わたしは、その時、実力に限界を感じていた。1年前の大会では、山田君を倒して、優勝したものの、冬の新人戦では決勝で2-0の惨敗。スコアもそうだけど、内容でも完敗だった。それ以降は絶賛スランプに陥る。まったく勝てない時が何日も続いた。そんな時、わたしは運命と出会った。将棋部の新入部員だった佐藤桂太くんだ。
「ずっとファンでした」
それが彼の第一声だった。わたしはその彼の気持ちを重く感じてしまった。たぶん、スランプだったからだ。
ためしに、彼と将棋を指してみた。彼は嬉しそうに駒を並べていた。それがちょっとうらやましかった。なんとなく、忘れていたものを見つけられたような気がしたのだ。彼の将棋はわたしと似ていた。ガチガチの受け将棋。居飛車党と振り飛車党の違いこそあれ、私と彼の将棋は似ていた。そして、彼の将棋はまだ粗削りだったけど、わたしには無いものを持っているのがわかった。わたしは、彼をうらやましく思った。
「ねえ、佐藤くん? わたしの研究相手になってくれない?」
対局が終わると、わたしは彼にお願いをしていた。この時は自覚していなかったが、たぶんこれがわたしの初恋のはじまりだったんだと思う。
彼との四間飛車の研究会は楽しかった。一緒にプロの棋譜を並べて、お互いに感想戦をする。勉強した戦法をお互いに使って実際に使ってみる。そんな楽しい研究会のおかげで、わたしのスランプはいつの間にか終わっていた。
そして、去年の夏の大会。わたしは、個人戦の決勝で山田くんを打ち倒した。優勝の証をもって桂太くんのもとにいくと、彼を嬉しそうに笑ってくれた。そして、自覚したのだ。
「わたしは、彼が…… 桂太くんが、大好きなんだ」、と
そして、わたしは……
将棋しか知らなかったわたしは、桂太くんに不器用なアプローチを続けている。
本当に、肝心なところは不器用な自分が嫌になる。
そんなふうに、大好きな男の子と通話しながら、考えていた。




