第百四十二話 かえりみち
「じゃあ、帰りましょうか? 兄さん?」
「お、おう」
おれたちは、駅前のショッピングモールで、大量の買い物をしていた。この前の反省から、かな恵はたくさん服を買いたかったらしい。どうも、引っ越しのため、かなりの服を処分したのが前回の敗因だったとかなんとかリアル生活の感想戦という名の言い訳をしていた。
しかし、たくさん買いすぎて重い。
「ああ、今日は楽しかった」
かな恵はすっかり機嫌を直していた。よかった、昨日から針の筵だったからな。これで少しは救われた。
「兄さん、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「兄さんは、どうして将棋をやっているんですか?」
「かなり、重そうなテーマなんですが」
「真面目な話です。茶化さないでください」
「えーっと、将棋は父さんが教えてくれてさ」
「はい」
「母さんが死んで、父さんは仕事であんまり帰ってこない。少しでも、気が紛れればと父さんが考えてくれたんだと思うんだ。おれも、小さかったから、かなり塞ぎこんでいたし」
「……」
「で、やってみたら、最高に楽しかったんだ。近所の道場やネット将棋に、なんか居場所みたいなものを見つけたみたいで。父さんも大学で将棋部だったから、親子の共通の話題も増えたし」
「そこからは、将棋漬けの日々ですか?」
「これで、プロにでもなったらカッコイイだろうけど、ね」
「十分、兄さんは、カッコイイですよ」
「えっ?」
「なんでもないです」
おれは、うまく聞き取れなかったので聞き返したら、怒られてしまった。
「ちなみに、かな恵はどうなんだ? かな恵も亡くなったお父さんから教えてもらったんだろう?」
「はい、そうです」
「それが、あんなに将棋を辛そうに指す理由?」
「そう、かもしれませんね。わたしにとって、将棋は亡くなった父との最後の絆で、呪いみたいなものなのかもしれません」
「呪い?」
「はい、呪いです。将棋をすれば、父と会えた気分になる。でも、それが逆に苦しくもある」
「そっか」
故人との絆、か。
「でも、兄さんたちと暮らしてからは、これでもその苦しさからかなり解放されたんです。だから、本当に感謝しても…… しきれないというか……」
かな恵の声はきゅうに小さくなる。
なんだか、むずがゆい気がする。きゅうにできた妹とこんな感じになる。こういう風に家族って作っていくものなんだろうか。
高校生のおれにはよくわからなかった。だって、数か月前まで、こんなことになるなんて予想だにしていなかったのだから。
でも、これは、とても幸せな時間だとおれは思う。




