第十四話 決着
「負けました」
部屋にその言葉が響き渡る。
ギャラリーは、その言葉を静かに聞いていた。
対局が終わったのだ。おれの敗北という結果で……。
お互いに死力を尽くした。だから、おれたちは消耗して声もでなかった。
「惜しかったわね」
対局後に、部長がはじめて口を開いた。
「えっ」
「やっぱり、気がついてなかったのね。王の逃げ場所を変えていれば、まだ、わからなかったわ」
そう言って、彼女は高速で手順を示してくれた。
「やっぱり、まだかないませんね、部長には……」
「あたりまえでしょう?」
そう言って力弱く彼女は笑った。
おれのなかで、劣等感が強くなる。どうして、気が付けなかったんだ。もっと時間を残していれば、あるいは……。
「どうして、持久戦にしなかったの? あなたはそっちのほうが得意でしょう?」
「だって、部長言ってたじゃないですか。おとこのこなんだから、もっと自分から主導権を握りにいかなくちゃダメだって」
「それはなんというか、言葉の綾で……」
「でも、たしかに、そうだなと思ったんです」
「そ、そうなの。な、なら、しかたないわね」
「じゃあ、部長お願いします」
「えっ、なにを?」
「だから、罰ゲームですよ、罰ゲーム」
「ああ、あれね」
「自分から言っておいて忘れちゃったんですか」
「いや、忘れてないわよ。ちょっと嬉しくて、気が動転しただけで」
ああ、やっぱりあの激戦を制したのだから部長も嬉しいんだな。
「それで、罰ゲームはなんですか? 覚悟固めたんでなんでもします」
「えっ、桂太くん、今、なんでもするっていったよね?」
部長の目がらんらんと輝く。やばい、なにか地雷を引いた気がする。
「じゃあ、わ、わたしと、でー……」
「でー?」
「データベース使って、勉強会しましょう。将棋データベースで。今日の帰りに」
周囲からは落胆のため息が漏れていた。
「えっ、そんなことでいいんですか?」
「うん、その代わりコンビニでデザートもおごって……ね」
部長の顔色が真っ赤になった。
「もちろんいいですよ」
「部長のヘタレ」
文人がそう小声でつぶやいたように聞こえた。
「いやー、勉強になりました」
おれたち、ふたりは午後も部室に残り勉強を重ねた。
文人も誘ったんだけど……
「あとは、お若いふたりで」
などと言ってどこかに消えてしまったのだ。
コンビニで買ってきたプリンを食べながら、ネットに転がっているプロの棋譜をふたりで並べる。
そして、「あーでもない」とか「こうでもない」とか意見を言い合いながら理解を深めていくのだ。
今回は、昭和のタイトル戦を中心に振り返った。
「黎明期の、居飛車急戦ってあんなふうに受けられていたんですね」
「新しい発見ね。意外とアマチュア相手なら通用するかも……」
「棒銀対策に、金を使うあれどうなんですかね?」
「昔、〇井九段の本に書いてあったからやってみたけど、防いだあとの立ち回りがむずかしいわ」
「だから、あの棋譜では、最終的に美濃囲いにくっついたんですね」
お互いに受け将棋なので、どちらかというと守備的な話が多くなる。○○名人の「受け潰し」が見事とか。どうして、これで受けきれるんだとか……。
「それに最近、復活傾向の藤井システムもおもしろいわね」
「あれ、普通にやるとすぐカウンターをくらうのに、プロはやっぱりうまいですね」
「わたしも今度、採用しよう」
「やめてください。持久戦ができなくなります」
「それでさ、桂太くん?」
「何ですか?」
「昨日、一緒だった女の子って誰?」




