第百三十九話 力戦勝負
米山は、向かい飛車、おれは三間飛車を採用する。お互いに囲いは金無双。オーソドックスな相振り飛車の形だ。こういう場合は、先手の米山側が主導権を握りやすい。
振り飛車は横から攻める戦法だが、お互いに振り飛車をすると、縦からの攻撃をしあう展開となる。つまり、お互いに居飛車を採用したときと同じになるのだ。
俺たちはお互いに、相振り飛車を得意としている。
相振り飛車の将棋は、定跡化が進んでいない力勝負である。
飛車をどこに振るか? 向かい飛車・三間飛車・四間飛車・中飛車?
囲いはどれを使うのか? 美濃・矢倉・穴熊・金無双?
これらをすべて組み合わせると、組み合わせは無数になる。
いくらプロでも、この無限の選択肢を定跡化するのは、かなり困難なものだ。よって、古来から、相振り飛車は乱戦の力勝負だと考えられていた。90年代に入り、将棋界では定跡の革命が起きた。
それ以降は、専門家たちの努力によって少しずつ形は整えられているが、まだまだ完璧だとは言い難い。だからこそ、俺や米山の棋風とマッチするのだ。
米山は、世間では”四間飛車の専門家”だと考えれているようだが、俺から言わせてもらえば、その評論はまだまだ彼女の本質をついていない。
彼女の本当の力はこの”相振り飛車”にある。力勝負で、泥臭く勝負できるその棋風にぴったりだ。
お互いに攻め合う展開が生まれてくる。俺たちは、お互いの陣形を崩すために攻めあった。
普通に考えれば、先手の米山が攻め合いになれば有利となる。当たり前の話だ。だって、先に駒を動かせるのだから。
だが、おれは、あえて攻撃に走った。受けに回れば、一気に寄せられる。ぎりぎりの攻防だ。
そして、おれの桂馬はついに米山の王に接近する。「詰めろ」という状態だ。なにか対策しなければ、負けてしまう状態。冷静に対処すれば、米山は逃げ切れる。
そして、おれを泥沼の中に引きずり込むだろう。
だから、おれは、それを避けるために、彼女を泥沼の攻撃に誘導した。
すでに彼女の思考時間は少なくなっている。このミスれば、即死亡の状態でひたすらにプレッシャーをかけ続けるのだ。そうすれば、相手は時間が無くなり、どこかでミスをする。これが殺し屋と言われた俺のスタイルだった。人間がどこかではミスをするということを信じた、人間くさい愚直な勝ち方。最善手を追求するプロではできない勝ち方かもしれない。
だが、それでもおれは勝ちたかったのだ。俺は、彼女をミスに誘導した。将棋は勝利こそがすべてだ。
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用語解説
金無双……
相振り飛車同士の戦い時に用いられやすい囲い。
縦からの攻撃に強いが、斜めからの角と桂馬などの連携に弱い。




