第百三十八話 黒幕
キャラに似合わない真面目なアドバイスをしてしまったな。俺は、そうこころのなかで苦笑しながら文人君を見送った。彼が壁にぶつかるのは時間の問題だと思っていた。だからこそ、おれは江戸時代の将棋の定跡を研究し、アマ強豪がよく使うと言われていた宿を、合宿の宿に指定し、その江戸の定跡を使って圧勝した。もう、表舞台に出るつもりはないのにな…… これも給料のうちだと考えて、おれは珍しくがんばってしまった。
「さてと、俺も帰るかな?」
嘘の残業も終わったことだし…… 荷物をカバンにつめる。しかし、職員室の扉が開いた。こんな時は、きっと彼女だ。
「先生、わたしと遊びませんか?」
「おい、そのセリフはやめてくれ。まじで、シャレにならない」
「そう言って、逃げるつもりでしょ? センセ?」
「わかったよ。一局、遊んであげるよ。米山」
声の主は、俺が顧問をしている部活の部長だった。
「やったー」
「ちなみに、手合いは?」
「平手で」
「相変わらず、強気だな」
おれは苦笑いしてしまう。たしかに、現役を退いたとはいえ、おれは元「プロ殺し」のアマチュア名人。いくら、米山が全国クラスの実力とはいえ、それはまだ高校生レベルの全国だ。おれの足元にも及ばない。だが、彼女は何回負かしても、負かしても、勝負を挑み続けてきた。将棋と同じで粘り強すぎる。
ひとりだけ、プロ以外の高校生のなかで、俺と戦える人間はいるけどな。まあ、あいつは例外だ。あれは、高校生じゃなくて、単なる怪物なのだから。いや、機械とでもいうべきだろうか。
「センセ、キャラ崩壊してましたよね」
「キミに言われたくないよ」
「え~」
「だって、葵ちゃんと桂太くんが、ガチ将棋を戦うように仕組んだのはキミなんだろう?」
「……」
「無言のイエスか」
「知ってるくせに」
「まあね。キミの親御さんのつながりから、葵ちゃんのお爺さんをけしかけたとかね」
「……」
「都合が悪くなると、まったく」
どうやら、図星らしい。あの二人の才能を、わざとぶつけるために、裏工作をしていたようだな。
「どうして、ライバルをわざと強くしているんだ? あのふたりを強くすると、いつか足元をすくわれるぞ」
「それが、わたしの望みです」
きゅうに、真面目な口調になる彼女を見て、俺は少しおかしくなった。そうだな、まだ高校生だもんな。この青々しい感じは、少しだけむずがゆい。
俺たちは、駒を並び終えた。
あいさつと同時に、お互いに角道を開け合ったのだ。戦法は決まっている。「相振り飛車」だ。




