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第百三十七話 4枚落ち

4枚落ちの定跡は、棒銀が有効だった。昔から言われている定跡だ。昭和初期に大名人が定跡をまとめたあとは、それは覆っていない。おれは、昔勉強した駒落ち定跡を思い出して、棒銀を採用する。


それに対して、高柳先生は不敵な笑みを浮かべる。なにかあるような視線だ。

おれは、定跡の有効性を信じて、銀を前に進めた。

大丈夫、プロとの指導対局でもこの手順は有効だったのだ。高柳先生にも通じるはず。そうおれは確信していた。


 その後、数手は定跡通りの手順だった。やっぱり、はったりか。おれは安心して、手を進める。しかし、それがいけなかった。高柳先生は、本来銀が動くところの手順で金を動かしたのだ。ささいな違いに思えるような一手だが、読めば読むほどその恐ろしさがわかってくる。それは銀が動けなくなる手順だった。


「先生……」

「うん、知らなかったでしょ? これが……」

 先生はもったいぶった口調で一息ついた。そして、言葉を吐き出す。

「定跡の“裏街道”」

 駒落ち定跡は、将棋の級位者が上達する目的で作られた定跡である。その一手一手に意味がこめられているが、上手はあくまで負けるように仕組まれているときも多い。


 そう、裏を返せばいくつもの裏道・抜け道が存在するのだ。下手を間違わせやすい裏道が……


 おれの銀は完全にたち往生した。


 ※


「負けました」

 おれは無念の気持ちで頭をさげた。銀は完全に立ち往生して、相手の王は入玉を果たしていた。「銀が泣いている」とは、まさにこういう状況だろう。


「この前と同じ状況ですね」

 おれは、前回の練習試合を思い出しながら、ぼやいた。

「そりゃ、そうさ」

「えっ?」

「この状況を作り出すために、狙ったんだから」

 この発言は、おれたちの実力差を如実に示していた。おれはため息しかでてこなかった。


 まさか、ここまで遠いとは……


「これで、文人くんの将棋はよくわかったよ」

「はい」

 次に来るのは死刑宣告だ。おれは覚悟を決める。


「線が細すぎる」

「どういうことですか?」

「行儀が良すぎるんだ。だから、力将棋になった瞬間、弱くなる。定跡から外れるととたんに、力が出せなくなるのはどうにかするべきだ」

「はい」

「あとは寄せ方が弱いな。必至問題をもっと多く解く方がいい」

「はい」


「あとは、具体的には、棋譜並べがいいね。これはぼくの秘蔵品だから貸してあげる。ぜひとも全部ならべるといいよ」

 そう言って『天野宗歩対局集』を差し出してくれた。

 たしか、プレミアム価格がついているレアな将棋本だ。


「いいんですか?」

「ああ、江戸時代の将棋は本当に力勝負なところがあるからね。文人くんの得意な角換わりも多く採用されているし、絶対に力がつくよ」

「あ、ありがとうございます」

 今日の先生は、いままで一番先生っぽかった……

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