第百三十三話 映画
「じゃあ、いきますよ。兄さん」
そう言って、かな恵はおれを映画へと連れてきた。ああ、そっか。今はやりの将棋映画を観るんだな。たしか、『十一月の虎』とか『猛の青春』とか、将棋ブームに乗っかった映画がいま上映中のはずだ。おれも、どちらの原作も大好きなので、ちょっと楽しみになる。
「かな恵、何観るんだ?」
「えーと、少女漫画家が原作のハートフルなヒューマンドラマですよ」
ああ、なるほど。『十一月の虎』のほうか。たしかに、あれは少女漫画家が作者さんだし、ハートフルな癒される作品だ。うんうん、家族の重要性も描かれるし、おれたちにピッタリな映画だな。そんなふうに、思っていました。そう、その時は……
そして、おれたちの見た映画は……
『ぼくの青春をきみにあげる』だった……
「えーっと、かな恵さん? 見た感じ、完全な恋愛映画のような気がするんですが……」
「はい、そうですよ」
「兄妹で、これみていいのっ?!」
「別に問題ないですよ。むしろ、どうして、ダメなんですか?」
「で、でも、おれ、ガチな恋愛映画とか苦手でさ。将棋がテーマの映画のほうが……」
「はぁっ?」
「なんでもないです。『ぼくの青春をきみにあげる』最高です。ずっと見たかったから嬉しいな。さすがは、かな恵。いいセンスしてる。大統領」
「わかればよろしいです」
なに、あれマジ怖いんだけど。なんか、口答えしたら将棋で全駒して、こころをへし折るぞみたいなオーラがビンビンなんですけどっ。あれは、女子高生が出してはいけないオーラだよ。絶対に。かな恵さん、まじやばい。
「兄さん? ポップコーン食べませんか?」
「はい、いますぐ買ってきます」
サーイエッサーの要領で、おれは即答し、全速力で売店にダッシュする……
「そうじゃなくて、付き合ってもらったお礼に…… ポップコーンくらいはご馳走したいなって」
「えっ、おれに?」
「はい! 嫌いですか?」
「いえ、大好きです」
「よかったー。すぐに買ってくるので、待っててくださいね」
「う、うん、ありがとう」
なんだ、飴とムチ作戦か? 緩急つきすぎていて、逆に怖いんだけど。もしかして、このまま、ヤンデレエンドとかにならないよな。
「買ってきました。塩とキャラメルのハーフアンドハーフでいいですよね。これ、セットのコーラです」
「あっ、ありがとう」
「じゃあ、行きましょう。わたし、この映画の原作大好きなんですよ」
かな恵は、本当に楽しそうに笑った。
おれは、その笑顔に……
みとれていた。
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用語解説
全駒……
将棋で、相手の駒を全部取ってしまうこと。これをやられるとメンタルが再起不能なくらいズタズタになる。
(作者訂正)
前話の用語解説にて、本因坊算砂の辞世の句の解釈におかしいところがありましたので、訂正させていただきました。ご迷惑をおかけしますm(__)m




