第百三十一話 猛追
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「おかえりなさい。兄さん? きょうはどこに行っていたのですか?」
家に帰ると、かな恵が出迎えてくれた。
「ええと、葵ちゃんの家に呼ばれて。将棋の練習だよ」
おれは、正直に答えた。答えないとやばいような気がしたから。
「へー、デートですか~ いいな~ 青春だな~」
「いや、将棋だよ。家族みんなで練習将棋」
「そうですか。ご家族公認の仲になったんですか。すごいなー わたし、兄さんにマウントとられちゃってますよね。わー、露骨ー」
「普通の将棋だから。将棋の勉強だから」
「へええ、将棋を口実に、女の子の家で、お部屋デートですか。リア充すぎて、開いた口がふさがらないな~」
こんなメンタル攻撃をひたすら食らった。
おれのライフががりがり削られる。
「兄さん、わたしと葵ちゃんどっちが大事なんですか?」
なんか、すごい難問が飛んできた。
「ええと」
これは、最高に難しい選択だ。ゲームなら、個別ルートに突入しかねない。
どうすればいいのか。
「かな恵に決まってるだろう」
おれは正直に答えた。たしかに、葵ちゃんも大事な後輩だ。
「えっ」
正直な告白に、かな恵は顔を赤く染める。
「本当に?」
「うそなんかつかないよ」
「兄さん……」
「だって、かな恵は、大事な家族だろ?」
そう言った瞬間、空気は冷たくなった。
「えっ?」
その凍てつく冷気は、おれにもう一度、言えと無言で圧力をかけてくる。
「かな恵に決まってるだろう?」
「違う。もっと、後です」
「えっと、”だって、かな恵は、大切な家族だろ?”」
「違います。大事な、です」
「だって、かな恵は、大事な家族だろ?」
おれは訂正された通りに言いなおした。そして、かな恵はそれに対して震えて怒りをあらわにする。
やば、地雷を踏んだようだ。
「ねぇ、兄さん? 自分のことをどう考えていますか?」
「えっ、自分って、おれのこと?」
「そうです。そうに決まってるじゃないですか」
「えーっと、将棋オタク」
「ほかには?」
「あとは、普通の男子高校生」
「異性にモテますか?」
「モテるわけないだろう? 単なる将棋オタクの一般的男子高校生が?」
「あー、そうですか…… あー、なるほど、なるほど……」
「えっと、かな恵さん?」
「ちなみに、わたしのことは?」
「超かわいい妹。将棋も強くて、人気もあって、自慢の妹」
「ぐうう。あえて、言わせていただきます」
「なんでしょうか?」
おれも釣られて、丁寧語になった。
「状況判断が間違ってるじゃないですか、このにぶ……兄さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」
ぐへえと、おれはいつものように倒れ込む。
たおれ……、あれ?
「罰として、明日、わたしと付き合ってください」
「えっ、みぞおちパンチは?」
「罰として、明日、わたしと付き合ってください。いいですね?」
「は、はい」
怒っているはずのかな恵の顔が、なぜだかとても嬉しそうだった。




