第十三話 激突!四間飛車③
激戦が続いていた。飛車を切る先輩の鬼手によって、形勢はどんどん不確かな状況へと変わっていく。
お互いに敵陣に拠点を作ってからの攻め合い。将棋のだいご味ともいえる局面だ。
そして、おれの攻撃陣の目の前には大要塞が作られていた。
「美濃囲い」
わずか、7手で完成するその防御陣形は、手軽なわりに横からの攻めに圧倒的な強さをほこる防壁となる。四間飛車ととても相性がよい防御陣で、これを作りたいがために、戦法を採用するくらい優秀な囲いだ。
丁寧に、崩していたら逆におれの攻撃陣が壊滅しかねない。それも相手は、あの部長だ。
ファンからは「ニコニコ流」なんて、チャーミングなニックネームをつけられているが、それは本質ではない。彼女の本質は、美濃囲いを活かした守備にある。
「受ける青春」
「米山建設」この異名のほうが彼女の特徴を端に表現しているだろう。
ひたすらに、敵の攻撃を挫き、その合間に美濃囲いを補強し、最初よりも強固な陣形にしてしまう。
そして、その守備力を奇跡的に突破した後に待ち受けるのは……。もっとおそろしい地獄である。
考える。考える。考える。考える。
そして、おれが手に取ったのは銀だった。おれは、何度も研究し、熟考した手順に従い美濃囲いを突破する。
先輩の防御陣は、わずかに隙間が生じていき、そこに俺の駒が殺到した。これならいける。おれは力強く確信する。
もうすぐ、敵の王に手が届く。もう少し……。
しかし、先輩の一手はおれの理想を崩壊させた。
「9三玉」
彼女の王は、ふわりとおれの追っ手から逃げてしまう。絶妙に届かないその場所へ。
おれが、敵の王の前の逃げ道をふさごうとした手を打った瞬間、彼女の桂馬がおれの王に肉薄した。
「王手だよ。桂太くん」
頭のなかが真っ白になる。どうして、このタイミングで王手なんだ。詰んでるのかこの状況は?
普通に逃げられそうに見える。しかし、相手は怪物米山先輩だ。
わからない。考えろ。まだ、時間は……。
そう思って時計を確認する。おれの残り時間は1分を切っていた……。
「やられた」
これは、先輩の能力のうちでおれがもっともおそれていたものだ。
「泥沼流」
最終局面で時間がない場合に、あえて盤面を複雑にするやり方だ。これによって相手のミスや動揺を誘いやすくする。もっとも、盤面が複雑になるということは、その仕掛けた本人にも重荷を背負わせることになる。これには圧倒的な手順理解力と読みの深さが必要だ。
そして、彼女はおれをはるかに上回るその能力を持っている。
ええい、ままよ。
おれは王を動かした……。




