第百二十八話 端
おれの居飛車穴熊をみて、葵ちゃんも振り飛車穴熊を採用した。相穴熊の形だ。これは、お互いに囲い合い、主導権を握るために中盤でけん制をし合うのだ。
お互いに穴熊だが、この場合は居飛車側に有利だと言われている。それにはいくつか、理由はある。第一に、囲いの陣形に角が加わっており、固い。さらに、居飛車側のほうが右の銀まで囲いに加えられる余地があるので、さらなる守備力が期待できること。次に、居飛車側が攻撃を仕掛けやすいので、主導権を握りやすいこと。この三つの理由が、居飛車側が有利になる理由だ。
だが、安心はできない。振り飛車側もその不利を自覚している。なので、対策はいくつも講じられているのだ。代表的なものが、囲いを最低限の穴熊にして、積極的に攻勢に動く方法。もうひとつは、角を大移動し、穴熊に近づけたうえで、相手の飛車を狙撃しいじめていく方法。最後の一つはカウンターをおそれずに、自分から端を攻めまくる方法。
おれは、葵ちゃんの性格からその三番目の対策が選ばれるとみていた。この対策の場合、さきにおれの囲いを崩せるのだが、崩した後が問題となる。おれの強固な囲いを崩したため、戦力がかなり低下しているのだ。そこからのカウンターはかなり受けるのが難しい。
なので、さきに攻めて一気に攻めつぶす勢いでおれの陣地の攻撃し続けなくてはいけない。バルカン砲の要領で、隙間なく断続的に……
一歩でも間違えば、葵ちゃんは正確におれの王を詰ませてくるだろう。彼女の終盤力はそれほど高いものだ。おれは、部内や県下でも最強クラスの攻撃力をもつまでに至った葵ちゃんの連続攻撃をすべて防ぎきらなくてはいけない。おれだって、部長直伝の強固な受け将棋だという自覚がある。つまり、この戦いはお互いのプライドとプライドのぶつかり合いになるのだ。
先輩のおれが、ここでは負けられない。
葵ちゃんが端からの攻撃を決意し、歩を進めた。おれも端攻めの手順を脳内で再現する。ここからはもうミスは許されない。
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用語解説
端攻め……
将棋の攻撃方法の一種。
歩と香車、桂馬を一番端の攻撃に集中的に投入する。
火力が非常に高く、ほとんどの守り方に有力だが、仕掛けた側がかなりの戦力を失うのも事実であり、一長一短。
しのがれると、防御力が低下した自分の陣地に猛烈なカウンターが待っている。
ある意味、ノーガード戦法。
余談ですが、作者は端攻めが大好きなので、よくやって逆転負けをくらっています……




