第百二十七話 一直線
ついに、おれたちは真剣勝負となる。
葵ちゃんは、静かに目をつぶっていた。彼女が先手となる。採用する戦法は、もちろん…… おれが彼女に教えた戦法「中飛車」だ。あの合宿での練習試合から、葵ちゃんの中飛車は、さらに精度を増していった。普通の使い手なら、もう彼女の得意戦法は止められない。強敵を倒して、実力をドンドン上げてきている。強敵を喰らい、パワーに変える。捕食者。ラスボス。葵ちゃんは、おれの中でそんなマンガの中のキャラクターのように感じられた。
葵ちゃんが指した初手「5六歩」とついたその一手は、中飛車を明示していた。おれも用意しておいた作戦を披露する。おれも真っ向から勝負するために、飛車先の歩をついた。居飛車を明示する。
お互いの得意戦法を用いての切りあいとなる。
葵ちゃんの終盤力を考えると、序中盤で有利な陣形を確保しておかなくてはいけない。そのための秘策があった。おれが葵ちゃんのために考えておいた秘策だ。この数週間、ひたすらこの戦法の変化を考えていた。それを披露する最高のタイミングだ。
葵ちゃんは、セオリー通り中央を制圧する陣形を作り出す。中央の位は「天王山」ともいわれて、かなり重要なポジションだ。だが、おれはあえてそこを放棄した。これが戦術なのである。
相手によいポジションを譲る代わりに、おれは守備力を固めるのだ。おれの銀が、UFOのような横移動を披露した。
「一直線穴熊ですか」
葵ちゃんがぼそっとつぶやく。やはり、向こうも勉強済みのようだ。葵ちゃんはのめり込むと、すごい勢いで熱中するタイプだな。間違いない。おれから教えた知識以上のものを彼女はモノにしている。
超速と角道不突戦法と並び主流となっている中飛車対策。対策のなかでもっとも守備力が高い戦い方だ。持久戦を得意とするおれにぴったりの中飛車対策。葵ちゃんの一直線な攻め将棋に対して、おれは曲線的な受け将棋。スタイルがまるっきり違う将棋が真っ向からぶつかり合う勝負となる。
葵ちゃんとおれは深呼吸をして、駒を動かした。
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用語解説
一直線穴熊……
中飛車への対策方法。
普通にやれば、作れない居飛車穴熊を作ることができる指し方。デメリットは、居飛車側の角の動きが制限されること。超速と同時期に発明されて、発展してきた。変化は高度になるが、穴熊を採用できるため、安定感と守備力は高い。中飛車側は速攻をかけるか、自分も穴熊を作るかの選択を迫られる。




