第百二十三話 結婚
「ええええええええええええええええええええええええええええ」
「ちょっと、お爺ちゃん」
葵ちゃんも聞かされていなかったのか、ふたりともヘンテコな声を出してしまった。驚くなというほうが無茶な相談だろ?
なんだって。結婚だって? そんな、いつの間に…… そんな話になったんだ。だれか理由を教えてくれ。頼む。おれは、ひとり脳内会議で狼狽していた。
「はははは、お父さん、冗談が過ぎますよ。いきなりで桂太くんがビックリしているじゃないですか」
「えっ、冗談?」
おれは力が抜けてしまう。足腰がガクガクした。いくつか、人生の階段をすっ飛ばすところだった。そして、両親になんと言おうか、一瞬、本気で考えてしまった。本当におれってバカ。
「すまんな。ふたりとも。葵の本音を忖度しすぎたようだ。冗談じゃよ、冗談」
お爺さんがのほほんとした口調でそう言った。やめてください。今日は二回以上ビックリして、心臓が止まりかけています。なんだか、英語の例文みたいな片言口調だ。
「もう、お爺ちゃんったら」
葵ちゃんも顔が真っ赤だった。
「すまん、すまん。葵がいつも家で、桂太先輩、桂太先輩と言ってるので、ちょっとからかいたくなったのじゃよ」
いや、悪戯じゃすまないですよ、ホント。
「い、いつもは、言ってない」
「えーそうじゃったかな~」
祖父と孫の愉快な日常が繰り広げられた。
「それでじゃ、本当はお願いがあったのじゃ。実は……」
お爺さんは急に深刻な顔になる。
「将棋を教えて欲しいのじゃ」
「えっ」
そのお願いとは、とても簡単なものだった。いままでの、あの緊迫感はいったいなんだったのだろうか。
「まあ、詳しい話は、昼ご飯を食べながらにしましょう。今日は桂太君が来てくれるから、特別な西京焼きを取り寄せてみたんだ。家内の味噌汁も絶品だからね。ぜひとも味わってほしいんだ」
おれは食堂まで案内された。
いちどにいろんなことが起こりすぎて、頭が追いつかないおれだった。
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人物紹介
源 一郎 ……
葵の祖父。一代で、会社を興した建設業の革命児とも言われる経営者。
今は隠居状態で、唯一の趣味である将棋を楽しむ日々。
孫娘を溺愛しており、かわいくてかわいくてしょうがない。たまに、からかいすぎて怒られる。
将棋はアマチュア二段。矢倉大好きな居飛車党。
源 哲郎……
葵の父。経済学者。父の会社を継がずに、学者の道を選んだ変りもの。
一郎は、おもしろがってそれを許した。
葵の数学好きも彼の影響だと思われる。
将棋は、アマチュア初段くらい。弱小オールラウンダーを自称している。




