第十二話 激突!四間飛車②
「四間飛車」
連綿と続く将棋の歴史でも特にファンが多い戦法の一つだ。
形を作るのが、おぼえやすく、バランスがいい。王を守る護衛部隊とカウンターを狙う守備隊に分ける戦法。
そして、なによりも守備が堅いので、負けにくい。同時に逆襲も強烈である。
かつては、昭和を代表するプロの大名人が採用し、ファンを魅了した。平成の時代になっても、天才たちが藤井システム、角交換四間飛車、立石流などなど、次々と鉱脈が発見し、進化を続けている。
部長が好むのは、四間飛車でも最もオーソドックスな形だ。ノーマル四間飛車ともオールド四間飛車ともいわれる。歴史が古く、定跡も細部まで研究されている。
おれたちは、この一年間その戦法について詳細に研究した。おれも、先輩以外の四間飛車党には負けないくらいの知識がある。
だからこそ、やっかいなのだ。知識で、米山先輩を超えることができないのだから。
四間飛車にはいくつかの対策がある。
対策その1。
守備をそこそこにして、攻めつぶす。これは、敵のカウンターを狙う守備隊を上から押しつぶすような将棋になることが多い。
対策その2。
こちらも守備を固めて、カウンターを狙う。
おおまかに分けるとこのふたつだ。おれの性格上、後者を選ぶことが多い。だが、それは先輩も承知している。
ならば、
おれは、飛車の上に銀を動かした。
「あら、意外。棒銀か~」
「棒銀戦法」
飛車と銀のコンビネーションを使い、敵の陣地を食い破る火力重視の戦い方だ。
前述の昭和の大名人を打ち破るために研究が重ねられた戦法で、プロアマ問わずファンが多い。
こちらから積極的に主導権を握りにいく。不利になったら実力差で押し切られてしまうのだから。
「やっと、その気になってくれたんだ。桂太くん」
部長の口元が、不気味にほほ笑んだ。
「やってやりますよ」
大丈夫、これ将棋の話だから……。
おれは、セオリーに従って、先輩の陣地を突破していく。
おれが有利となる角交換も成立し、狙いはちゃくちゃくと成就していった。
しかし、先輩はここまで想定済みだったのだろう。後から考えればだけど……。
おれは、これまたセオリー通りに、角を敵陣に打ち込む。しかし、先輩の手はおれの構想を上回る一手となった。
「なっ」
先輩の指は飛車を動かした。俺の角へと向かい。飛車角交換。
攻撃のための最重要駒をまだ、中盤の段階で切り捨てたのだ。
おれは、直感する。
これは「捌き」だと……。
「捌き」
これは、四間飛車をはじめとした振り飛車戦法独自の考え方だ。
駒の価値よりも、働きを重視する考え方。たとえ、どんなに価値が高い駒でも、押しこまれて働けないなら「いらない」。そういう大胆な発想が重要となる技術。
だから、先輩は自陣でニート化していた最強の駒を切り捨てた。
そして、はたらかせやすいおれの角を手駒に加えたのだ。
「(思考が大魔王だよ)」
かわいい童顔ににつかないくらい合理的な思考。
うすら寒さすらおぼえる威圧感だ。これが全国クラスの魔物……。
そして、先輩は角を使う。おれの龍をめがけて……。
おれの攻撃陣に強烈なくさびがうちこまれた。
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用語解説
①藤井システム、角交換四間飛車、立石流
後のエピソードでも登場するので、簡単に紹介。
四間飛車戦法の派生形たち。カウンター主体ではなく、こちらから積極的に動き、敵の持久戦をけん制する戦い方。
②棒銀
銀を図のように飛車の前に繰り出していき、敵の防御陣地を食い破る戦法。
初心者が一番最初に覚える戦法として定評がある。
しかし、おぼえればおぼえるほど、変化は深く、プロですら魅了する。うひょー。
③捌き
四間飛車をはじめとした振り飛車を採用する時に根幹となる考え方。
駒の価値(飛車>角>金>銀>桂馬>香車>歩)にとらわれることなく、今動けるかどうかを合理的に判断する考え方。
働きが悪い駒は、たとえ飛車でも切り捨てて、相手の動かしやすい駒と交換してしまう。
交換することで、カウンターを狙っていく。
たとえ、相手に強力な駒が渡っても、守備力が高い戦法なのでなんとかしてしまうのだ。




