第百十九話 夕食
「兄さん、ご飯ですよ」
かな恵の声が聞こえた。詰将棋の本を閉じて、おれは下に向かった。
おれのシャツを着て、彼女は台所に立っていた。
うん、悪くない。これでも、健全な男子高校生なのだ。いくら将棋オタクとはいっても、ドキッとするものはするものだ。仕方ない。俗に言う「彼シャツ」。さらに、エプロン。いい。むしろ、最高だ。美人の妹が料理を作ってくれるなんて、おれは勝ち組だ。この1カ月なんど、この幸福に感謝したのだろう。神様、本当にありがとう。
「なに、ボッーとしているんですか、兄さん?」
おっと、思考の向こう側に行きかけていたらしい。危ない、危ない。
「いや、ちょっと見とれていてね」
「ちょっ……」
かな恵は顔を真っ赤にしていた。
「あ、あの、兄さん?」
「なに?」
「最近、ナチュラルにわたしにセクハラしてませんか?」
かな恵はびくびくしながら、そう言っていた。
「してないよ。かな恵がカワイイから、つい本音を口にしてしまうだけだからね」
おれは、人生3手詰の盤面でひたすら逃げた。そう、悪手を指していることに気がつかずに……
「あう、あう。きゃわいい?」
かな恵はもっとびくびくしていた。
「そりゃあ、どっからどうみてもかわいいでしょう? かな恵は…… 初めて見た時、おれ息止まりかけたもん。あまりに美人だったからさ」
「あうあうあうあうあうあう」
お互いに頭のブレーキがどこか壊れていたのだ。たぶん、最近の怒涛のラブコメ展開のせいで……
「それに、料理だってうまいしさ。将棋だって強いし。クラスメイトたちからは大人気だし。本当に完璧すぎて言うことなしだよ」
おれは、一気に寄せきった。まさに、光速の寄せ。桂太マジック。
「やめてえええええええええええ」
かな恵は箸を落下させて叫んでいた。
「えっ」
おれはビックリして声を失う。
「恥ずかしすぎるのっ。これ以上、わたしをほめないでえええええええええ。うれしすぎるうううううううううう」
いつものかな恵じゃなくなっていた……
なんか、おもしろい。
「だいたい、兄さんはいつもそうっ」
あれ、急に説教モードになったぞ。
「えっ?」
「無意識で、女の子をほめちぎって。いたるところにフラグを作って。なんですか、一級フラグ建築士ですか? それでこっちに期待させてえええええええええ。大事な所はにぶすぎるのおおおおおおおおお」
「??」
「そういうところですよーーーーーーーーーー」
かな恵はおれの頭をぶんぶん回す。顔が、近い。息がかかる。いいにおい。
「ただいまー。ふたりともお土産買って来たわよ~」
最悪のタイミングで両親が帰宅した。
その後は、よくおぼえていない。




