第百十七話 ネット
「うう、まさかこんな大変なことになるとは……」
おれは、ベッドにうなだれながら、疲れ果てていた。かな恵には、洗濯が終わるまでおれのシャツを貸していた。彼シャツならぬ、兄シャツ。ちょっとだけ、ドキドキしてしまったが、心の中にしまい込む。これ以上、変なイベントが起こると、体が持たなくなる。
かな恵は、顔を合わせるのが恥ずかしいと言って、部屋に閉じこもってしまった。
おれも気まずかったので、正直、安心している。
こんな悪い連鎖の時は、ネット将棋で忘れちまうにかぎる。
おれは、ネットを起動して、将棋サイトを開いた。適当に対戦相手を探す。
「あっ、<kana kana>さんがいる」
おれはネットの将棋仲間をみつけることができたので、早速、対戦を申し込んだ。
先月は10回以上、このひとと練習将棋を指している。毎回、かなりの激戦となっている。観戦者がでるほど、最近のネット将棋の名物みたいなものになってしまっている。毎回、おれが”正統派”居飛車戦法。相手がパックマン・端角中飛車・坂田流向かい飛車などの”奇襲戦法”で激突している。
煽る観戦者は、「正統派」vs「邪道派」の代理戦争とまで呼んでいる。なにもそこまで大事にしなくても……
特に、奇襲戦法と戦う場合、負けたら大敗確定なので、結構な恨みを買っていることも多い。だから、周囲は煽るのだろう。
うるさい外野はおいておいて、波長があうのか、いつも感想戦まで盛り上がっているのだ。
「今回もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
おれたちは、ほぼ定型文になった挨拶をする。
このひととの対戦成績は、5勝6敗で負け越していた。
今回は勝って、成績を五分にしたいしたい。
おれはいつも以上に、やる気を出して対局に望む。
対局がはじまった。
※
対局は、<kana kana>さんの先手で始まった。
おれたちは、角を早速交換し合う。角換わりという形だ。文人が得意としている形なので、おれも付き合いでかなり指している。かなり自信がある戦法なのだ。
おれたちは時間を残すために、定跡どおりの流れを進めた。
少し前に見慣れた形になった。これは、角換わり”右玉”
右玉の中でも、もっともオーソドックスなかたちだ。アマチュア高段者の中でも、専門家は少ない戦法だ。下手なひとが手を出したら痛い目にあう戦い方だ。本当に専門家が少ない戦法。あえて、使う人は、奇襲大好きなひとか、スペシャリストか……
そして、段位。すべてがおれの知り合いと一致する。
もしかして、<kana kana>さんって……




