第百十三話 きたく
「ただいまー」
おれたちは、合宿から帰って自宅に戻った。もう、夜の7時を過ぎていた。父さんと尚子さんは、新婚旅行に行くことになっていたので、今日はおれたちふたりしか家にいない。
「疲れましたね。昨日も、葵ちゃんが、大変でしたし……」
「うん、まさかあんな2日続けて、ラブコメ展開をするなんて思わなかったぞ」
「はははは」
初日の加害者であるかな恵は、笑ってごまかしていた。それはとても乾いた笑いだった。
「とりあえず、部屋に荷物を置いてくるわ」
「あっ、わたしも」
そう言っておれたちは自分たちの部屋に戻った。
荷物を戻すと、おれはベッドに倒れ込む。2日間、あんまり眠れなかったので、少し寝不足だ。旅行疲れもあって、少しだけねむ……
おれは意識を喪失する。
※
「やば、寝ちゃった」
おれは、目をさます。時間を確認した。時間は夜の10時。3時間は寝てしまったようだ。
やっぱり疲れているみたいだ。今日は、シャワーでも浴びて寝ちゃおう。そう思って、おれは浴室に向かった。そう、いつもなら気をつけているのに。ラブコメイベントを起こさないように、と。
夕食は、駅前の安いソバ屋で済ませてきたから、夕食の準備をする必要もない。いつもなら、ふろ場で詰将棋を解くので、本を持っていくんだが、今日は解けるような頭の余裕はなかった。手ぶらで風呂に向かう。
「よし、シャワーでさっぱりするぞ」
そう言って、バスルームの扉を開けた。なんのためらいもなく勢いよく。それはまるで、おれと父さんしか家に住んでいなかった時のように……
年頃の美人な義妹が同居しているなんて、完全に失念していた。
がちゃ。
脱衣所には、それはそれは白く美しい肌をもった女性がいた。髪の毛が濡れているので、いま、シャワーを浴びた後のようだ。長い髪が水に濡れた様子は、義妹だったがまるで西洋の巨匠が描いた裸婦の肖像画のように……
美しかった。
「あっ」
「あっ」
おれたちはおそろいの声を出す。お互いになにが起こったのかわからない状態。
「……」
「……」
無言の時間が、一体何分経過しただろうか。もしかすると、数十秒かもしれない。でも、永遠のように長く感じた。
少しずつ、状況を理解した。おれは、体の血の気が引いていくのがわかった。
やってしまった。まさか、こんな王道ラブコメ展開を3日続けてしまうとは。
「きゃあああああああああああああああああああああああ」
かな恵の悲鳴が響き渡った。二度あることは三度ある。
おれが、泣いている。




